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【弓月と和臣】
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翌日の昼休み。
早々とコンビニ弁当を平らげた僕は、濃い目の
ブラックコーヒーを口に運びながら、固い花図鑑の
表紙を開き、目を落としていた。
狭い部屋の真ん中に、木目のテーブルが2つ合わせて
あるだけの休憩室は、市立図書館の地下1階、
第一書庫の隣にある。中地下とも呼べるその部屋の
窓からは、図書館に出入りする人々の足元だけがせわし
なく見えて、日の光はあまり届かない。朝一番に、
「植物・園芸」の棚から引っ張り出してきた図鑑は、
借り手が少ないようで、背表紙にピタリと張り付いた
ラベルが新しかった。本を開いて間もなく、休憩室の
扉が開いて僕は顔を上げた。部屋の入り口に目を向けると、
「お疲れさま」と同期の田辺さんが、ひょっこり顔を
覗かせている。ドアを閉める彼女の背中越しに、
僕はお疲れさまと笑んだ。無造作に置いてあるパイプ
椅子の一番窓側に腰掛けると、彼女はトートバックから
お弁当を取り出した。そして「それ、なんの本?」と
僕に視線を投げかけた。僕は、少し困ったような顔をして
見せたが、彼女は小首を傾げて「なぁに?」と茶目っ気の
ある目を向けてくる。
仕方なく表紙を閉じて本を立てかけて見せると、
お弁当のフタを開きかけた田辺さんの手が止まった。
「花図鑑?なんでまた突然」
『僕』と『花図鑑』に接点を見いだせない彼女が、
パクパクとおかずを口に放り込みながら、楽しそうに
追及を始める。まだ、昨日始まったばかりの淡い恋心を
自分の胸だけに留めておきたかった僕の思惑は、
いとも簡単に同期の知るところとなった。
「なるほど。花屋のお姉さんか。そういうところにも、
出会いってあるんだね」
箸にさした玉子焼きを眺めながら、田辺さんが微笑む。
僕の話は、仕事帰りに偶然立ち寄った花屋の女性が、
とても綺麗だったという、ただそれだけの事だった
けれど……手の中にある花図鑑を見れば、彼女に
対する好意はもう、隠しようもなかった。
「花屋の店員さんとお客じゃ、どうにもならないよね」
「うーん、そうだねぇ……」
まるで生活指導を受けている生徒のように背筋を伸ばして、
僕は両手で珈琲の缶を握る。田辺さんは、ごくりと玉子を
飲み込んで、箸を持ったまま両肘をテーブルにつくと、
「でもさ」と言葉を続けた。
早々とコンビニ弁当を平らげた僕は、濃い目の
ブラックコーヒーを口に運びながら、固い花図鑑の
表紙を開き、目を落としていた。
狭い部屋の真ん中に、木目のテーブルが2つ合わせて
あるだけの休憩室は、市立図書館の地下1階、
第一書庫の隣にある。中地下とも呼べるその部屋の
窓からは、図書館に出入りする人々の足元だけがせわし
なく見えて、日の光はあまり届かない。朝一番に、
「植物・園芸」の棚から引っ張り出してきた図鑑は、
借り手が少ないようで、背表紙にピタリと張り付いた
ラベルが新しかった。本を開いて間もなく、休憩室の
扉が開いて僕は顔を上げた。部屋の入り口に目を向けると、
「お疲れさま」と同期の田辺さんが、ひょっこり顔を
覗かせている。ドアを閉める彼女の背中越しに、
僕はお疲れさまと笑んだ。無造作に置いてあるパイプ
椅子の一番窓側に腰掛けると、彼女はトートバックから
お弁当を取り出した。そして「それ、なんの本?」と
僕に視線を投げかけた。僕は、少し困ったような顔をして
見せたが、彼女は小首を傾げて「なぁに?」と茶目っ気の
ある目を向けてくる。
仕方なく表紙を閉じて本を立てかけて見せると、
お弁当のフタを開きかけた田辺さんの手が止まった。
「花図鑑?なんでまた突然」
『僕』と『花図鑑』に接点を見いだせない彼女が、
パクパクとおかずを口に放り込みながら、楽しそうに
追及を始める。まだ、昨日始まったばかりの淡い恋心を
自分の胸だけに留めておきたかった僕の思惑は、
いとも簡単に同期の知るところとなった。
「なるほど。花屋のお姉さんか。そういうところにも、
出会いってあるんだね」
箸にさした玉子焼きを眺めながら、田辺さんが微笑む。
僕の話は、仕事帰りに偶然立ち寄った花屋の女性が、
とても綺麗だったという、ただそれだけの事だった
けれど……手の中にある花図鑑を見れば、彼女に
対する好意はもう、隠しようもなかった。
「花屋の店員さんとお客じゃ、どうにもならないよね」
「うーん、そうだねぇ……」
まるで生活指導を受けている生徒のように背筋を伸ばして、
僕は両手で珈琲の缶を握る。田辺さんは、ごくりと玉子を
飲み込んで、箸を持ったまま両肘をテーブルにつくと、
「でもさ」と言葉を続けた。
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