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第一部:恋の終わりは
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それでもきっと、レイは喜んでくれる
だろう。大袈裟に「世界一美味しい」など
と言って、無邪気に紫月を褒めてくれるは
ずだ。
そんな彼の顔を思い浮かべながら、洋服
を選んでいる自分がいる。
-----何だか信じられなかった。
ほんのひと月前、一久とホテルで別れた
時は、自分にこんな日が訪れるなど、想像
もしていなかったからだ。
けれど、彼は見ていた。
自分が恋を諦める瞬間を。
だから、今があるのだ。
「……偶然って、本当に不思議ね」
紫月はぽつりとそう呟きながら、共布の
リボンが大人らしい可愛さをプラスしてく
れる、ギャザーデニムワンピースに黒の
スリットパンツを選び、着替え始めた。
約束の時間よりも10分ほど早く迎えに
来たレイの車に乗り、連れて行かれた彼
の家は、豊かな木々の中に聳える、低層
マンションだった。
エントランスからロビーまで、石の質感
を隠すようにナチュラルな色合いの
ルーバー※が敷き詰められ、お洒落で温も
りのある空間が演出されている。そして、
明るいロビーには制服に身を包んだコン
シェルジュが常駐しており、レイと共に
自動ドアをくぐると、「お帰りなさいませ」
と、品の良い声で迎えてくれた。
わかりやすい超高級マンションという
よりは、趣のある隠れ家のような高級マン
ションだ。紫月はやはり、その建物に彼ら
しさを感じながら、玄関へと足を踏み入れた。
「……素敵ね。とても」
彼に招かれるまま、マンションのリビン
グへ入った紫月は、柔らかな光が溢れる
その広い空間に、ほぅ、とため息を漏らした。
壁一面、部屋の端から端までが窓となって
いる開放的なリビングは、シンプルながら
もセンスの良いインテリアが配置され、
訪れた者を癒しのひとときへと誘ってくれ
る。キッチンからほど近い場所に置かれた
ダイニングテーブルは、フローリングと
同系色のナチュラルブラウンで、両サイド
がお洒落にくびれていた。
「どう?僕のお城は。周囲に高いマン
ションがないから、4階でもすごく景色が
いいんだ。ほら、あそこ。大きな公園が
見えるでしょう?秋は紅葉が綺麗だし、
春には遠巻きに花見もできる」
紫月の肩を抱き、レイが窓の方へと連れ
てゆく。ベランダはウッドデッキとなって
いて、ガーデンテーブルや大きな観葉植物
などが、さりげなく置いてある。
「ほんと、都会の真ん中にいるとは思え
ないくらい景色がいいわ。ここにいたら、
どこかへ出掛けたいと思わなくなりそう」
「そう言ってもらえると、今日ここに
連れて来た甲斐があるよ。今日一日、紫月
とこの家で過ごせると思うと嬉しくて……
昨日はほとんど寝られなかったんだ」
含羞みながらそう言ったレイを見上げる。
自分と同じように、彼も寝不足なのだと
知れば、なぜか嬉しくなる。
※細い羽板を、隙間を明けて平行に並べた
もの。
だろう。大袈裟に「世界一美味しい」など
と言って、無邪気に紫月を褒めてくれるは
ずだ。
そんな彼の顔を思い浮かべながら、洋服
を選んでいる自分がいる。
-----何だか信じられなかった。
ほんのひと月前、一久とホテルで別れた
時は、自分にこんな日が訪れるなど、想像
もしていなかったからだ。
けれど、彼は見ていた。
自分が恋を諦める瞬間を。
だから、今があるのだ。
「……偶然って、本当に不思議ね」
紫月はぽつりとそう呟きながら、共布の
リボンが大人らしい可愛さをプラスしてく
れる、ギャザーデニムワンピースに黒の
スリットパンツを選び、着替え始めた。
約束の時間よりも10分ほど早く迎えに
来たレイの車に乗り、連れて行かれた彼
の家は、豊かな木々の中に聳える、低層
マンションだった。
エントランスからロビーまで、石の質感
を隠すようにナチュラルな色合いの
ルーバー※が敷き詰められ、お洒落で温も
りのある空間が演出されている。そして、
明るいロビーには制服に身を包んだコン
シェルジュが常駐しており、レイと共に
自動ドアをくぐると、「お帰りなさいませ」
と、品の良い声で迎えてくれた。
わかりやすい超高級マンションという
よりは、趣のある隠れ家のような高級マン
ションだ。紫月はやはり、その建物に彼ら
しさを感じながら、玄関へと足を踏み入れた。
「……素敵ね。とても」
彼に招かれるまま、マンションのリビン
グへ入った紫月は、柔らかな光が溢れる
その広い空間に、ほぅ、とため息を漏らした。
壁一面、部屋の端から端までが窓となって
いる開放的なリビングは、シンプルながら
もセンスの良いインテリアが配置され、
訪れた者を癒しのひとときへと誘ってくれ
る。キッチンからほど近い場所に置かれた
ダイニングテーブルは、フローリングと
同系色のナチュラルブラウンで、両サイド
がお洒落にくびれていた。
「どう?僕のお城は。周囲に高いマン
ションがないから、4階でもすごく景色が
いいんだ。ほら、あそこ。大きな公園が
見えるでしょう?秋は紅葉が綺麗だし、
春には遠巻きに花見もできる」
紫月の肩を抱き、レイが窓の方へと連れ
てゆく。ベランダはウッドデッキとなって
いて、ガーデンテーブルや大きな観葉植物
などが、さりげなく置いてある。
「ほんと、都会の真ん中にいるとは思え
ないくらい景色がいいわ。ここにいたら、
どこかへ出掛けたいと思わなくなりそう」
「そう言ってもらえると、今日ここに
連れて来た甲斐があるよ。今日一日、紫月
とこの家で過ごせると思うと嬉しくて……
昨日はほとんど寝られなかったんだ」
含羞みながらそう言ったレイを見上げる。
自分と同じように、彼も寝不足なのだと
知れば、なぜか嬉しくなる。
※細い羽板を、隙間を明けて平行に並べた
もの。
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