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第一部:恋の終わりは

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 「嬉しい。私、“おでん屋”さんに来るの
初めてなの」

 「やっぱり?だと思った」

  くつくつと笑いながら、レイが紫月の顔を
覗く。その優しい眼差しにどきりとしなが
ら、紫月はレイの腕を掴んだ。

  「ねぇ、行きましょう!席が埋まっちゃ
う」

  たった4つしかない丸椅子は、いまの
ところ全部空いている。が、池の周囲を歩く
人たちが、ちらちらと屋台を気にかけていた。

  「大丈夫だよ。オッちゃん、僕たちに
気付いてさっきからソワソワしてるし」

  そう答えながらも、張り切って歩き出した
紫月に腕を引かれ、レイも歩き始めた。
  二人は香しい匂いに誘われるように屋台に
歩み寄ると、赤い暖簾をくぐった。





 「よぉ!兄ちゃん。また来てくれたんか。
今日はまたエライ別嬪さん連れとるなぁ」

  暖簾から顔を覗かせた瞬間、気っ風の良さ
そうなおじさんの声が飛んできて、紫月は
思わず目を白黒させてしまった。あはは、
と、笑いながらレイが切り返す。

  「綺麗な人だろう?オッちゃんの旨い
おでんを食べさせてやりたくてね。僕の大事
な人を連れて来たんだ。今日もあの“味変”
メニュー、あるかな?」

  「あるよ。まあ取りあえず、座んなって。
冷酒、熱燗、ビール、どれにする?」

  かかか、と、1本足りない前歯を覗かせなが
ら、コップに手を伸ばしながら、おじさんが
笑う。レイは、ひらりと懐から取り出した
ハンカチを日に焼けて白んだ丸椅子に敷くと、
「どうぞ」と紫月に勧めた。

 「あ、ありがと」

 「紫月は何がいい?僕は冷酒にするけど」

 「じゃあ……私も冷酒で」

 ゆるりと丸椅子に腰かけながらそう答える
と、レイは驚いたように目を丸くした。

 「紫月、日本酒いけるの?」

 「ええ、少しだけ。お正月に舐めるくらい
だけど」

 本当は、日本酒もビールも得意とは言えな
かったが、だからといってこの店にワインや
シャンパンがあるわけじゃない。

 選択肢が3つしかないなら、おでんに冷酒。

 熱々にひんやりの組み合わせが、案外、
いけるかも知れない。

 「はいよ。冷酒2つね」

 そのやり取りを目の前で聞いていた店主が、
どん、と二人の前にコップを置いた。並々と
注がれた冷酒が、少し掠れたコップの中で
揺れている。紫月はそれを零さないように
両手で持つと、レイに向かってかざした。

 「乾杯」

 「乾杯」

 互いにコップを手にし、笑みを交わす。

 今、目の前で笑んでいるその人は、数日前、
ホテルのレストランで会った男性と同一人物
だ。けれど、紫月は冷酒を片手に満足そうに
笑っているレイの方が、何だか親しみやすく
て好きだった。
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