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第一部:恋の終わりは

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 「そう。彼が日本に来たときは、時々ご飯
食べに行ったりしていて………ごめんなさい。
私、そろそろ行かなくちゃ」

 ちら、と腕時計に目をやって、それとなく
話を途切る。出来れば、彼女が着替えを終え
ないうちに、さっさと建物を出てしまいたい。

 急いた様子で鞄を手に持った紫月に、彼女
はにこりと笑って言った。

 「引き留めちゃって、ごめんなさい。ゆっく
り愉しんできて」

 「ありがとう。じゃあ、お先に」

 「お疲れさまです」

 彼女の声にひらりと手を振ると、紫月はコツ
コツとヒールの音をさせながら、広いガラス
張りのエントランスを抜けて行った。







 「ここだよ、紫月」

 自社ビルを出て、ぐるりと周囲を見渡すと、
レイは植込みの横に立つ社名の刻まれた看板
に背を預けていた。周囲に人影はないが、
紫月は急いで歩み寄る。彼は目立つのだ。

 180を軽く超える長身に、目を引く少し
赤みがかったブロンドヘア。そして、モデル
のような顔立ち。運悪く居合わせた雑誌記者
にパパラッチでもされれば、翌週には

 「衝撃!ホテル王の略奪愛!!」

 などという通俗的な見出しが、そこかしこ
に並ぶだろう。そんなことを、ちら、と頭の
片隅で考えながら彼の前に立つと、紫月は
「行きましょう」と先を急ぐように歩き出
した。

 「お疲れさま。相変わらず綺麗だね」

 肩を並べて歩き始めたレイが、さりげな
くそう言って紫月の腰に手を回す。紫月は
その言葉に「ありがと」と、素直に答えた。

 イギリス男性は会った瞬間に必ず褒め言葉
を口にするのだ。イギリス流のエスコートと
いうべきか。留学中も、紫月は男友達から
「You look nice.」など、気軽に聞かされて
いたので、そういうことには免疫があった。

 「ところで、今日はどこへ行くつもりなの?
てっきり、車で迎えに来るのかと思ってたわ」

 どうやら、最寄り駅に向かって歩いている
らしいレイを見上げる。すると、彼は得意
げに笑みを浮かべ、前を向いたままで言った。

 「車だと酒が飲めないからね。上野公園な
ら電車ですぐだし、最寄駅からも歩いて2分。
二人で園内をぶらぶら散歩したいし、車は
要らないよ」

 「上野公園って……。とっておきのディナー
が公園の中に???」

 思いも寄らぬデート先を聞いて、紫月は目
をぱちくりする。確かに、公園内にもいくつ
かレストランはあるだろうが、そこはドレス
コードなど存在しない、庶民的な店だろう。

 わざわざ同僚の目を気にしてまで、こんな
綺麗な服装で来ることもなかったのだ。

 さわ、と、緩やかな風にスカートを揺らし
ながら、紫月は内心、肩を竦めた。

 「そうならそうと、初めからそう言って
くれれば、もっとラフな格好で来たわ」

 拗ねたようにそう言った紫月に、レイが
目を細める。彼はシンプルなVネックの
カットソーに黒のジーパン。同じデニム
素材の白のジャケットを羽織っている。
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