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第三部:白いシャツの少年

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――違う、ここじゃない。


 瞬時にそう理解した千沙は、侑久を振り
返り声を上げた。

 「この部屋じゃない!どこだここは」

 焦燥の滲む声で言って、後ろ手で格子戸
を閉めている侑久に強い眼差しを向ける。
 侑久は「そうだよ」と静かに頷くと、
ゆっくりと千沙に歩み寄った。
 侑久からいつもの柔らかな笑みが消えた
気がして、千沙は無意識に後退る。けれど、
とん、と部屋の中央にあるテーブルに尻が
あたり、それ以上逃げることが出来なくな
ってしまった。その千沙を囲い込むように
して侑久がテーブルに手をつく。
 
 そして真剣な眼差しを向けると、低い声
で言った。

 「ここは俺が予約しておいた部屋だよ。
ちぃ姉を攫うために、俺はいまここにいる」

 その言葉に千沙はこれ以上ないほど目を
見開き、ぽかん、と口を開ける。

 いま、自分を攫いに来たと聞こえた気が
したが……煩過ぎる鼓動が耳にまで響いて
聞き間違いかも知れないと思ってしまう。

 「い、いま何て……?」

 間抜けにも、そう訊き返した千沙に侑久
は目を細めると、ゆっくり繰り返した。

 「ちぃ姉を攫いに来た。だからもう御堂
先生には返さない」

 「はっっ!?なっ、なに冗談言って……」

 ようやく侑久が言わんとしていることを
理解した瞬間に、千沙は声をひっくり返す。
 侑久は「やれやれ」とでも言いたげに肩
を竦めると、すぐにまた真剣な顔を向けた。
そして千沙の目を覗き込み、諭すように
言った。

 「嘘でも冗談でもないから、落ち着いて
聞いて。これが最後のチャンスだ。だから
ちぃ姉の本当の気持ちを聞かせて欲しい。
俺が好きか、嫌いか。本当は誰と一緒に生
きたいのか。いまは責任とかしがらみとか、
余計なことは一切考えないで。たった一言
でいい。ちぃ姉の本心を聞かせてくれれば、
俺が決められた未来を全部変えてあげる」


――本心を聞かせて欲しい。


 そう言った侑久の眼差しは、7つも年下
とは思えないほど大人びていて、狼狽えて
いる自分の方が年下なのではないかと錯覚
してしまう。けれど、全部変えてあげると
はどういうことなのか?侑久に夢を捨てさ
せたくないから、自分は身を引いたという
のに……。

 それでも、これが最後のチャンスだと
言われれば、諦めたはずの想いが溢れてし
まう。散々泣いて、枯れたと思っていた涙
まで頬を伝ってしまって、もう抑えること
など出来そうになかった。千沙は、すん、
と洟をすすると、拗ねた子供のような声で
言った。

 「言っても……いいの?それで、侑久が
夢を諦めるようなことには、ならない?」

 「大丈夫。俺は夢を諦めたりしないよ」

 慈しむような眼差しを自分に向けながら
そう答えた侑久の、腕を握る。もう、二度
と触れることもないと思っていた温もりが、
そこにある。――堪らなかった。

 諦めよう、諦めようと幾度も自分に言い
聞かせながら、心は侑久を求めることを
やめられずにどれだけ彼の面影に胸を焦が
したことか。千沙は小さく息を吸うと、
ずっと長いこと胸に留めていた想いを
口にした。
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