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第三部:白いシャツの少年
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心の奥に侑久の笑みを映しながら、
暗闇に淡く浮かぶ白いシャツを思い出
しながら、それが自らの願いであるよ
うに語る。
「子ども扱いすんな」
そう言って大人びた眼差しを向けた
あの日の少年は、いまや立派な青年へ
と成長し、やがて手の届かないところ
まで羽搏いていってしまう。自分はただ、
その背中を見送ることしか出来ないのだ。
――彼の成功を喜びながら。
――彼の幸せを祈りながら。
ふと、頬に触れる温もりがあった。
そのことにはっとして、千沙は知らず、
伏せていた目を上げる。そこには、
なぜか傷ついたような目をした御堂が
いる。ゴツゴツと骨ばった指は、けれど
存外にやさしく、するりと千沙の頬を撫
でていた。
「あの……っ!」
頬に触れながらじっと見つめる御堂に
どうしたらいいかわからず、千沙は石の
ように身体を硬くする。もちろん、こん
な風に彼に触れられるのは初めてのこと
で、自分たちは恋人と言えど、まだ唇す
ら重ねていない。それに、千沙には恋愛
経験というものがまったくなかった。
だから、御堂がこんな顔をする理由も、
触れられる理由もわからなかった。
「そんな風に笑わないでください」
「はっ!?」
「さすがに、傷つきます」
「傷つくって、いったい何に傷つくん
ですか?言ってる意味がっ……!!」
尚もその言葉の意味がわからず声を
ひっくり返した千沙に、御堂はさらに
もう片方の手で頬を挟んで顔を包むよ
うにする。二人の距離が縮まり、目の
前には御堂の広い肩がある。
千沙は息が止まってしまうほどに心臓
を大きく鳴らしながら、目を瞑った。
次の瞬間、ゴツン、と小突くように彼
の額が千沙のそれにあてられた。
露わになった額に鈍い痛みが走り、
千沙は「いたっ」と声を漏らした。
手にしていた紙が、ひらりと舞い落ち
て床を滑る。数秒ののち、くつくつと
笑う声が聞こえ、恐れるように目を開け
ると、御堂は床に落ちた紙を拾い上げて
いた。
「余所見をした罰ですよ」
「余所見???」
身に覚えのないその言葉に、これでも
かというほど眉間にシワを寄せながら、
千沙は緩く額を擦る。身体を起こした
御堂の様子はいつもと変りなく、ほん
の少し前に見せた切なさのようなもの
は微塵も感じられない。千沙は額を擦り
ながら、瞬きを繰り返した。
「それより、二人で祝杯を挙げに行き
ませんか?業務はとっくに片付いている
んでしょう?」
先ほどと同様に悠然と腕を組み、そう
言った御堂に、千沙は話をはぐらかされた
ような気分のまま、「まあ」と返事をした。
歴史資料室の窓から校庭の真ん中に聳え
立つ鈍色の時計を見やれば、もうすぐ
最終下校のチャイムが鳴るころだ。
暗闇に淡く浮かぶ白いシャツを思い出
しながら、それが自らの願いであるよ
うに語る。
「子ども扱いすんな」
そう言って大人びた眼差しを向けた
あの日の少年は、いまや立派な青年へ
と成長し、やがて手の届かないところ
まで羽搏いていってしまう。自分はただ、
その背中を見送ることしか出来ないのだ。
――彼の成功を喜びながら。
――彼の幸せを祈りながら。
ふと、頬に触れる温もりがあった。
そのことにはっとして、千沙は知らず、
伏せていた目を上げる。そこには、
なぜか傷ついたような目をした御堂が
いる。ゴツゴツと骨ばった指は、けれど
存外にやさしく、するりと千沙の頬を撫
でていた。
「あの……っ!」
頬に触れながらじっと見つめる御堂に
どうしたらいいかわからず、千沙は石の
ように身体を硬くする。もちろん、こん
な風に彼に触れられるのは初めてのこと
で、自分たちは恋人と言えど、まだ唇す
ら重ねていない。それに、千沙には恋愛
経験というものがまったくなかった。
だから、御堂がこんな顔をする理由も、
触れられる理由もわからなかった。
「そんな風に笑わないでください」
「はっ!?」
「さすがに、傷つきます」
「傷つくって、いったい何に傷つくん
ですか?言ってる意味がっ……!!」
尚もその言葉の意味がわからず声を
ひっくり返した千沙に、御堂はさらに
もう片方の手で頬を挟んで顔を包むよ
うにする。二人の距離が縮まり、目の
前には御堂の広い肩がある。
千沙は息が止まってしまうほどに心臓
を大きく鳴らしながら、目を瞑った。
次の瞬間、ゴツン、と小突くように彼
の額が千沙のそれにあてられた。
露わになった額に鈍い痛みが走り、
千沙は「いたっ」と声を漏らした。
手にしていた紙が、ひらりと舞い落ち
て床を滑る。数秒ののち、くつくつと
笑う声が聞こえ、恐れるように目を開け
ると、御堂は床に落ちた紙を拾い上げて
いた。
「余所見をした罰ですよ」
「余所見???」
身に覚えのないその言葉に、これでも
かというほど眉間にシワを寄せながら、
千沙は緩く額を擦る。身体を起こした
御堂の様子はいつもと変りなく、ほん
の少し前に見せた切なさのようなもの
は微塵も感じられない。千沙は額を擦り
ながら、瞬きを繰り返した。
「それより、二人で祝杯を挙げに行き
ませんか?業務はとっくに片付いている
んでしょう?」
先ほどと同様に悠然と腕を組み、そう
言った御堂に、千沙は話をはぐらかされた
ような気分のまま、「まあ」と返事をした。
歴史資料室の窓から校庭の真ん中に聳え
立つ鈍色の時計を見やれば、もうすぐ
最終下校のチャイムが鳴るころだ。
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