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第三部:白いシャツの少年
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腰を屈め、千沙の耳に顔を近づけ、
侑久が熱く語る。正直、どのクレーター
が侑久の言ったそれなのかわからなかっ
たが、いくつもあるクレーターから四方
に伸びる光が光条と呼ばれるものなのだ
ろう。いつもは、ただ何となく夜空に
浮かぶ月を美しいと思うだけだったが、
こうして侑久が情熱を寄せる月を、彼の
隣で見るだけで、どうしてか月は輝きを
増していっそう美しく見える。千沙は
背に置かれたままの侑久の体温に緊張
しながらも、微々たる知識を口にした。
「地球から38万キロも離れてる天体が、
こんなにも鮮明に見えるものなんだな。
どれが侑久の言うクレーターかわからな
いけど、夢中になるのはわかるよ。見て
いるだけで心が洗われるような気がする」
レンズを覗いたままで言うと、侑久が
嬉しそうに笑んだのがわかった。
「月は地球と同じように45億年前に誕生
した衛星だけど、未だに多くの謎が残され
てるんだ。アポロ計画の調査で月の表と裏
で地質が異なることはわかったけど、月が
どんな風に形成されて、どんな変遷を経て
現在に至ったかは、まだ解明されていない
部分がたくさんある。だから俺は大学で
構造力学や航空機力学を学んで、将来は
宇宙航空研究に携わりたいと思ってる。
そこで知識と経験を積んだら、アメリカへ。
そんな壮大な夢が叶うかわからないけど、
勉強がしんどく感じる時は、こうして月を
観てモチベーションを上げるんだ。ああ、
こんなことくらいで躓いてたら、月に近づ
けないな、ってさ」
まだたった14歳の少年が、キラキラした
瞳で夢を語る。その瞳があまりに美しくて、
眩しくて、千沙はどうにも胸が苦しくなっ
てしまった。
――侑久が夢を追いかける。
それは、姉としてはとても喜ばしいこと
なのに……彼が夢を追いかけるほどに自分
から遠ざかってしまうように感じるのは、
何故だろう?
千沙はやはり、接眼レンズを覗いたまま
で、力強く言った。
「侑久なら絶対に叶うよ。お前は頭が
いいから、きっと希望の大学に受かって、
望んだ進路に進めると思う。まだ中学二年
なのに、ここまでしっかり将来の展望を語
れる幼馴染を、私は誇りに思うよ。でも、
親に心配をかけるのは感心しないな。風邪
を引くといけないし、そろそろ戻ろう」
そう言ってレンズから顔を上げた千沙は、
侑久を見た瞬間、ぐらりと身体がよろけて
しまった。足元はやわらかな芝生で、丘の
頂上であるここはなだらかな坂になってい
る。ずっと空を見ていたせいで、平衡感覚
が狂ってしまったのだろう。けれど、千沙
が後ろにひっくり返ることはなかった。
侑久が熱く語る。正直、どのクレーター
が侑久の言ったそれなのかわからなかっ
たが、いくつもあるクレーターから四方
に伸びる光が光条と呼ばれるものなのだ
ろう。いつもは、ただ何となく夜空に
浮かぶ月を美しいと思うだけだったが、
こうして侑久が情熱を寄せる月を、彼の
隣で見るだけで、どうしてか月は輝きを
増していっそう美しく見える。千沙は
背に置かれたままの侑久の体温に緊張
しながらも、微々たる知識を口にした。
「地球から38万キロも離れてる天体が、
こんなにも鮮明に見えるものなんだな。
どれが侑久の言うクレーターかわからな
いけど、夢中になるのはわかるよ。見て
いるだけで心が洗われるような気がする」
レンズを覗いたままで言うと、侑久が
嬉しそうに笑んだのがわかった。
「月は地球と同じように45億年前に誕生
した衛星だけど、未だに多くの謎が残され
てるんだ。アポロ計画の調査で月の表と裏
で地質が異なることはわかったけど、月が
どんな風に形成されて、どんな変遷を経て
現在に至ったかは、まだ解明されていない
部分がたくさんある。だから俺は大学で
構造力学や航空機力学を学んで、将来は
宇宙航空研究に携わりたいと思ってる。
そこで知識と経験を積んだら、アメリカへ。
そんな壮大な夢が叶うかわからないけど、
勉強がしんどく感じる時は、こうして月を
観てモチベーションを上げるんだ。ああ、
こんなことくらいで躓いてたら、月に近づ
けないな、ってさ」
まだたった14歳の少年が、キラキラした
瞳で夢を語る。その瞳があまりに美しくて、
眩しくて、千沙はどうにも胸が苦しくなっ
てしまった。
――侑久が夢を追いかける。
それは、姉としてはとても喜ばしいこと
なのに……彼が夢を追いかけるほどに自分
から遠ざかってしまうように感じるのは、
何故だろう?
千沙はやはり、接眼レンズを覗いたまま
で、力強く言った。
「侑久なら絶対に叶うよ。お前は頭が
いいから、きっと希望の大学に受かって、
望んだ進路に進めると思う。まだ中学二年
なのに、ここまでしっかり将来の展望を語
れる幼馴染を、私は誇りに思うよ。でも、
親に心配をかけるのは感心しないな。風邪
を引くといけないし、そろそろ戻ろう」
そう言ってレンズから顔を上げた千沙は、
侑久を見た瞬間、ぐらりと身体がよろけて
しまった。足元はやわらかな芝生で、丘の
頂上であるここはなだらかな坂になってい
る。ずっと空を見ていたせいで、平衡感覚
が狂ってしまったのだろう。けれど、千沙
が後ろにひっくり返ることはなかった。
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