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第五章:罪の在り処
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「この国には約一億二千万人の戸籍が存在
し、その中から年間八万人近くの行方不明者
が出る。が、失踪理由のほとんどが民事的問
題で、それを調査する専門の捜査機関はない。
そんな状況から察するに、俺のように別人に
成り代わって生きている人間は、数百、いや
数千人は存在するんじゃないか?戸籍を売り
たい人間に金を渡し、別人に生まれ変わった
俺が誰を殺そうと、当麻卓が裁かれることも
母親が加害者家族の責めを負うこともない。
闇サイトの存在を知り、この復讐劇を思いつ
いた時は体が打ち震えたよ」
彼の声から、狂気に満ちた笑みを想像する。
血走った目を見開き、口元を歪めているで
あろう彼。わたしの知る浅利伴人の面影など
きっと微塵もないのだろう。そして雪山での
死を偽装してまで、別人になった理由を知り、
わたしは唇を噛み締めた。
加害者家族としての罪を母に着せぬため、
さらには浅利伴人としてわたしに近づき兄の
情報を得るため。彼は復讐のためだけに生き
ることを誓ったのだ。
その憎しみの深さに絶望する。
兄が心春さんを殺めなければ、彼が憎しみ
に駆られることも、復讐に人生を投げ出すこ
ともなかったはずだ。こんなことは間違って
るだなんて、言いたくても言えなかった。
「……うっ、つ」
少し薬が切れてきたのだろうか?うつ伏せ
のまま倒れていた兄が声を漏らす。わたしは
苦痛に顔を歪める兄を見つめ、罪に濡れた涙
を零した。
◇◇◇
「お客さん、本当にここでいいんですか?」
廃墟と化した工場の入り口にタクシーを付
けると、運転手さんが不安そうに後部座席を
振り返る。僕は初老の男性に頷くと、財布か
ら一万円札を抜いた。
「ありがとうございます。お釣りは要りま
せんので」
そう言付け、タクシーを降りる。じゃりと
タイヤを鳴らしながら静かにタクシーが迂回
する。走り去るタクシーを見送ると僕は辺り
をぐるりと見回した。
マサはここから携帯の電波が発信されてい
ると言っていたが、それらしき軽バンは見当
たらない。僕は懐から携帯を取り出しマサに
電話を掛けてみる。が、やはり耳をあてても
プッ、プッ、と、機械音が聴こえるばかりで
電話が繋がる気配はなかった。
「……やっぱりダメか」
逮捕状を取って現場に向かうと言っていた
が、時間が掛かっているのだろうか?だとし
ても、このまま警察の到着をここで待つ気に
はなれなかった。僕は諦めると、ひとりで廃
工場の中に足を踏み入れる。
早く佐奈の無事を確認したい。
そして少しでも早く佐奈を助けたい。
僕は足音を忍ばせ、慎重に建物の中を進ん
でいった。昼間だというのに光が閉ざされた
工場内は埃っぽく、足元が悪い。朽ちた機械
や錆びて傾いた階段、床に転がる残留物は泥
にまみれていて、ややもすれば物陰からゾン
ビでも現れそうな光景に冷や汗が滲んでくる。
し、その中から年間八万人近くの行方不明者
が出る。が、失踪理由のほとんどが民事的問
題で、それを調査する専門の捜査機関はない。
そんな状況から察するに、俺のように別人に
成り代わって生きている人間は、数百、いや
数千人は存在するんじゃないか?戸籍を売り
たい人間に金を渡し、別人に生まれ変わった
俺が誰を殺そうと、当麻卓が裁かれることも
母親が加害者家族の責めを負うこともない。
闇サイトの存在を知り、この復讐劇を思いつ
いた時は体が打ち震えたよ」
彼の声から、狂気に満ちた笑みを想像する。
血走った目を見開き、口元を歪めているで
あろう彼。わたしの知る浅利伴人の面影など
きっと微塵もないのだろう。そして雪山での
死を偽装してまで、別人になった理由を知り、
わたしは唇を噛み締めた。
加害者家族としての罪を母に着せぬため、
さらには浅利伴人としてわたしに近づき兄の
情報を得るため。彼は復讐のためだけに生き
ることを誓ったのだ。
その憎しみの深さに絶望する。
兄が心春さんを殺めなければ、彼が憎しみ
に駆られることも、復讐に人生を投げ出すこ
ともなかったはずだ。こんなことは間違って
るだなんて、言いたくても言えなかった。
「……うっ、つ」
少し薬が切れてきたのだろうか?うつ伏せ
のまま倒れていた兄が声を漏らす。わたしは
苦痛に顔を歪める兄を見つめ、罪に濡れた涙
を零した。
◇◇◇
「お客さん、本当にここでいいんですか?」
廃墟と化した工場の入り口にタクシーを付
けると、運転手さんが不安そうに後部座席を
振り返る。僕は初老の男性に頷くと、財布か
ら一万円札を抜いた。
「ありがとうございます。お釣りは要りま
せんので」
そう言付け、タクシーを降りる。じゃりと
タイヤを鳴らしながら静かにタクシーが迂回
する。走り去るタクシーを見送ると僕は辺り
をぐるりと見回した。
マサはここから携帯の電波が発信されてい
ると言っていたが、それらしき軽バンは見当
たらない。僕は懐から携帯を取り出しマサに
電話を掛けてみる。が、やはり耳をあてても
プッ、プッ、と、機械音が聴こえるばかりで
電話が繋がる気配はなかった。
「……やっぱりダメか」
逮捕状を取って現場に向かうと言っていた
が、時間が掛かっているのだろうか?だとし
ても、このまま警察の到着をここで待つ気に
はなれなかった。僕は諦めると、ひとりで廃
工場の中に足を踏み入れる。
早く佐奈の無事を確認したい。
そして少しでも早く佐奈を助けたい。
僕は足音を忍ばせ、慎重に建物の中を進ん
でいった。昼間だというのに光が閉ざされた
工場内は埃っぽく、足元が悪い。朽ちた機械
や錆びて傾いた階段、床に転がる残留物は泥
にまみれていて、ややもすれば物陰からゾン
ビでも現れそうな光景に冷や汗が滲んでくる。
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