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第五章:罪の在り処
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「浅利さん、どうかしましたか?」
もしかして、彼が気に障ることでも言って
しまったのだろうか。そんな不安が頭を過り、
再び声を掛けようとした、その時だった。
はぁ、と、わかりやすく溜息を吐いたかと
思うと、彼は眼鏡を外し、コートの胸ポケッ
トに仕舞った。そして、くつくつと不気味な
笑い声を上げる。その声は、いままで知って
いた彼のものとはまったく違い、じわりと手
の平に汗が滲んだ。
「……浅利さん、あの」
「うるさい、黙れ!!」
恐る恐る声を掛けた刹那、怒気を含んだ声
がわたしを一喝する。わたしは息を呑み瞠目
すると、シートベルトを握り締めた。
「まったく、なにが『浅利さん』だ。いい
加減気付けよ。鈍い女だな」
苛立たし気に言うと、彼は赤信号にブレー
キを踏みこちらを向く。向けられた眼差しは
刺すように鋭く、憎しみにも似た感情が込め
られていた。
「俺が誰だか、まだわからないのか?」
「誰って……Too meetの浅利さんじゃ」
そう答えたわたしに、はっ、と笑って彼は
ハンドルを叩く。ころりと態度を豹変させた
彼は、これ以上ないほど目を見開き、言った。
「俺はお前の兄、早川永輝が殺した心春の
兄だ。当麻卓だよ!!」
「……嘘、だってそんな」
ぐっ、と押しつぶされたように心臓が痛む。
突然正体を明かされたわたしは、それでも
信じられずにゆるりと首を横に振る。初めて
うちの店を訪れた時、『この店を一緒に盛り
上げましょう』と手を取ってくれた彼。客足
が遠のいていた『みちくさ』を生まれ変わら
せようと、共に企画書を覗き込んだ夜は数知
れない。古書&カフェ『みちくさ』として
リニューアルオープンした時は、二人で涙を
浮かべながら店の看板を見上げた。
なのにその彼が、心春さんのお兄さん?
兄が命を奪った、当麻心春さんの実の?
――そんなことって。
わたしの反応が気に入らなかったのだろう
か。驚愕に言葉を失いながら首を振るわたし
に、彼は憎々し気に顔を歪めた。
「何が『罪を償う』ことと『責任を負う』
ことは違うだ。人の妹を殺した罪を軽く考え
やがって。毎日、心春が死んだ時間に祈って
るだ?本当に兄が犯した罪を悔いているなら、
俺の顔を見た瞬間に被害者の兄だとわかるは
ずだ。俺は眼鏡を掛け、名前を変えただけな
のに、おまえらは俺が『浅利伴人』だと信じ
込んだ。その程度なんだよ、おまえらの罪悪
感なんざ。たった一人の妹を奪われた苦しみ
の、百万分の一も味わってない」
「……まさか、ぜんぶ聞いて」
彼が口にしたことは紛れもなく、わたしと
爺ちゃんが話していたことで、店での会話を
ぜんぶ聞かれていたという事実に、青ざめる。
そうしてすべてを悟る。あの手紙も、鴉も、
無言電話も彼がやったのだと。盗聴によって
兄の近況を掴んだ彼は、『早川永輝』の名を
使い手紙を送った。
あのメッセージを、わたしに寄越した。
もしかして、彼が気に障ることでも言って
しまったのだろうか。そんな不安が頭を過り、
再び声を掛けようとした、その時だった。
はぁ、と、わかりやすく溜息を吐いたかと
思うと、彼は眼鏡を外し、コートの胸ポケッ
トに仕舞った。そして、くつくつと不気味な
笑い声を上げる。その声は、いままで知って
いた彼のものとはまったく違い、じわりと手
の平に汗が滲んだ。
「……浅利さん、あの」
「うるさい、黙れ!!」
恐る恐る声を掛けた刹那、怒気を含んだ声
がわたしを一喝する。わたしは息を呑み瞠目
すると、シートベルトを握り締めた。
「まったく、なにが『浅利さん』だ。いい
加減気付けよ。鈍い女だな」
苛立たし気に言うと、彼は赤信号にブレー
キを踏みこちらを向く。向けられた眼差しは
刺すように鋭く、憎しみにも似た感情が込め
られていた。
「俺が誰だか、まだわからないのか?」
「誰って……Too meetの浅利さんじゃ」
そう答えたわたしに、はっ、と笑って彼は
ハンドルを叩く。ころりと態度を豹変させた
彼は、これ以上ないほど目を見開き、言った。
「俺はお前の兄、早川永輝が殺した心春の
兄だ。当麻卓だよ!!」
「……嘘、だってそんな」
ぐっ、と押しつぶされたように心臓が痛む。
突然正体を明かされたわたしは、それでも
信じられずにゆるりと首を横に振る。初めて
うちの店を訪れた時、『この店を一緒に盛り
上げましょう』と手を取ってくれた彼。客足
が遠のいていた『みちくさ』を生まれ変わら
せようと、共に企画書を覗き込んだ夜は数知
れない。古書&カフェ『みちくさ』として
リニューアルオープンした時は、二人で涙を
浮かべながら店の看板を見上げた。
なのにその彼が、心春さんのお兄さん?
兄が命を奪った、当麻心春さんの実の?
――そんなことって。
わたしの反応が気に入らなかったのだろう
か。驚愕に言葉を失いながら首を振るわたし
に、彼は憎々し気に顔を歪めた。
「何が『罪を償う』ことと『責任を負う』
ことは違うだ。人の妹を殺した罪を軽く考え
やがって。毎日、心春が死んだ時間に祈って
るだ?本当に兄が犯した罪を悔いているなら、
俺の顔を見た瞬間に被害者の兄だとわかるは
ずだ。俺は眼鏡を掛け、名前を変えただけな
のに、おまえらは俺が『浅利伴人』だと信じ
込んだ。その程度なんだよ、おまえらの罪悪
感なんざ。たった一人の妹を奪われた苦しみ
の、百万分の一も味わってない」
「……まさか、ぜんぶ聞いて」
彼が口にしたことは紛れもなく、わたしと
爺ちゃんが話していたことで、店での会話を
ぜんぶ聞かれていたという事実に、青ざめる。
そうしてすべてを悟る。あの手紙も、鴉も、
無言電話も彼がやったのだと。盗聴によって
兄の近況を掴んだ彼は、『早川永輝』の名を
使い手紙を送った。
あのメッセージを、わたしに寄越した。
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