罪の在り処

橘 弥久莉

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第四章:絡みつく真実の糸

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 「月並みなことしか言えないけど、誰も傷
つけずに生きていける訳がないのよ。だって、
他人を傷つけずに生きるということは自分の
心を殺して生きることになってしまうんだも
の。人は誰かとすれ違ったり、ぶつかったり、
心を重ねたりしながら成長するものなんじゃ
ないかしら。吾都くんはやさしいから悩んじ
ゃうのかも知れないけどね」

 酸いも甘いも知り尽くした岬さんだからこ
そ、月並みだというその言葉がすっと心に沁
みるのだろう。

 「そんなもんかな」

 わかったような顔をして僕はまたリキュー
ルを口に含む。そして、微笑みを湛えたまま
氷を弄んでいる岬さんの顔を覗くと、ふと、
彼の辛い過去に想いを馳せた。


 いまでこそ夜カフェのマスターとして平穏
な日々を送っているが、高校を出るまで養護
施設で時を過ごした岬さんは、塗炭の苦しみ
を味わっていた。中世的な美しい顔立ちをし
た『彼』は、少年期までは普通に男性として
暮らしていたのだ。

 けれど、ある日を境にその人生がぷつりと
途絶えてしまう。

 同室の男子たちから性暴力を受けた岬さん
は、心を守るために男としての自分を捨てて
しまったのだ。幼少期の家庭環境が影響を及
ぼしていたのか、どちらかというと閉鎖的で
施設の職員にも懐いていなかった彼に救いの
手が差し伸べられることはなく。執拗に繰り
返された性的虐待は、ついに自尊感情さえも
彼から奪い去っていった。


 さらに、高校卒業と同時に施設を退所した
岬さんは、売り専(男娼)に身を落とし、客
を取り続ける生活を送るようになってしまう。

 マサが仕事で呼び出され署にトンボ帰りし
た夜、二人きりになった隠れ家で彼が話して
くれたことがあった。

 「誰も自分を愛してくれないっていう孤独
ほど、人生を蝕むものはないわ。あたしがい
つ死のうと、悲しんでくれる人は誰もいない。
そんな思いに縛られていたから、あたしは底
の底まで堕ちていったの。何でもやったのよ。
吾都くんには絶対言えないようなことばかり。
いま口に咥えてるものを食いちぎれば、殺し
てもらえるかも知れない。何度そう思ったか、
数えてもいないけど。でも、出来なかったと
いうことは結局、生きていたかったからなの
よね。男をやめても、臭くて汚いぼろ雑巾の
ようになっても、命だけは捨てられなかった」

 想像するのも辛い過去を語る彼の眼差しは、
暗く沈んではいなかった。こうして誰かに話
せるようになったのも、幸せな『いま』があ
るからなのだろう。


 やがて、どん底の人生を這いまわっていた
岬さんに、運命の出会いが訪れる。売り専を
していたバーが警察に摘発されたのだ。売春
防止法はあくまで『男女間の性行為』を前提
として施行されているため、売り専を理由に
捕まることはない。摘発の理由は無許可営業。

 その摘発にあたったのが当時、目黒北警察
署で係長をしていた、木林誠道だった。
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