罪の在り処

橘 弥久莉

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第三章:見えない送り主

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 「いま言った通り、背中を向けて逃げるの
が最善の選択だと思います。でもそれは相手
と距離が取れる場合であって、距離が近くて
追いつかれてしまう場合は一切防御出来ない
という点でリスクが高いと書いてありますね。
背後から頸動脈を狙われたらお終いだから、
その時は背を向けず襲撃者全体を視界に入れ
られる五メートルの距離を確保すること。
頸動脈というのはココ、わかりますよね?」

 彼女の細い指が、すっ、と僕の首筋を滑る。
 僕は彼女の瞳に映る自分に息を呑み、そし
てバクバクと破裂しそうな心臓に声を上げた。

 「ちょ、ちょっと待って。藤治さん、距離
近すぎ、って、うわっ!?」

 崩壊しそうになる理性を前に、仰け反りな
がら一歩後退った瞬間、僕はテーブルの足に
躓きどすんと尻もちをついてしまう。

 と同時に、勢いよく肩が本棚にぶつかり、
その上に積んであった本や小物が、頭めがけ
てバサバサと降ってきた。

 「いっ、たたたっ!!!」

 きつく目を瞑ったまま降ってくる本たちを
頭で受け止めると、やがて、束の間の静寂が
店に訪れる。

 「大丈夫ですか!?卜部さん」

 その問いに「大丈夫」と声をひっくり返し
ながら目を開けると、僕の目の前にしゃがみ、
くすくすと笑っている彼女が目に映った。

 初めて見る彼女の笑顔に、僕は思わず呼吸
を忘れてしまう。白い歯を見せ、堪らないと
いった様子で頬を緩めている彼女。

 その笑みは可憐な花がぱっと咲いたようで、
見るものを豊かな気持ちにさせてくれた。

 「笑った!」

 僕が声を上げると、彼女は表情を止め驚い
たように目をぱちくりさせる。その顔も初め
て見るもので、僕は何だか得したような気分
になりながら彼女に言った。

 「やっと笑ってくれた。初めて会った時か
らずっと、藤治さんのそういう顔を見たいと
思ってた」

 思ったままを口にすると、彼女は面映ゆい
顔をして俯き、けれどまた可笑しくて堪らな
いといった顔で笑っている。

 何がどうしてそんなに面白いのだろうか?
 そう思い僕がきょとんとすると、彼女は僕
の頭を指差した。

 「カエルが座ってます」

 「カエル???」

 「そう。頭の上にカエルが座ってる」

 「ほんとに?」

 彼女の言葉に僕は目を瞬くと、ゆっくり頭
に手を伸ばす。すると、なぜか頭の天辺に硬
い感触があった。それを掴んで手に取ってみ
れば、金の冠を被ったカエルが偉そうに足を
組んで座っている。

 「ほんとだ。カエルが座ってる」

 「でしょう?本棚に飾ってあったオブジェ
なんですけど、うまい具合に卜部さんの頭に
ちょこんと座ってたから可笑しくて」

 手の中のカエルを、彼女がちょんとつつく。
 そしてやんわりと目を細めると、両膝を抱
えるようにして言った。
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