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第二章:僕たちの罪
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「この手紙が、お兄さんからじゃないと
思った理由は?」
僕は手紙の送り主を見、首を傾げる。
住所は記されていないが、裏面の右下には
『早川永輝』と彼女の兄の名が記されている。
そして表面の宛名は『藤治佐奈』という名。
住所は身を寄せている祖父の家のものに違
いなく、消印もしっかり押されていた。
僕の問いに彼女は口を引き結ぶと、その訳
を話し始めた。
「この手紙が兄からではないと思った理由
は、筆跡です」
「筆跡?」
「はい。もう何年も兄には会っていないけ
れど、この字が兄のものじゃないことくらい
はわかります」
兄の字じゃないと言い切る彼女に、なるほ
ど、と呟き、僕は手紙に目を落とす。ペンで
認められた文字はやや斜めっていて、神経質
そうな印象を見る者に与える。男性とも女性
とも区別がつかない、繊細なその字。
僕は腕を組み数秒思案すると、頭に浮かん
だことを口にした。
「この字がお兄さんのものじゃないなら、
奥さんが代わりに書いたという風には考えら
れないかな?お兄さんは手を怪我していて書
けなかった、とか」
「わたしも一瞬そう思ったんですけど……
その前に届いた奥さんからの手紙と照らし合
わせてみたら、その字とも違ったんです」
「なるほど、奥さんの字でもない、か。
となると、うーん。確かに奇妙だなぁ……」
僕は首を捻り考え込む。
兄の字でもその妻の字でもなく、謎の送り
主から届いた手紙。仮に、他の誰かに書かせ
て兄が送ったのだとしても、なぜこんな一文
を彼女に送ったのか、その意味もわからない。
推理小説の類を一切読まない僕にまともな
推理が出来る筈もなく、答えが見つからない
まましばし唸っていると、彼女が口を開いた。
「それともう一つ、気になることがあって」
「気になること?」
「はい。もし、他の誰かが兄の名を語って
この手紙を送ったのだとしたら、『早川』と
いう苗字を知っていることが気になるんです。
兄が結婚して名前が変わったことも、仮釈放
中だということも、きっと、ごく限られた
人間しか知らないことだと思うから」
「確かに!」
どうしてそんな重要なことに気付かなかっ
たのだろう?僕は手にしていた封筒の差出人
を凝視する。差出人の名は『西村永輝』では
なく、『早川永輝』。
つまり、実の妹である彼女ですらつい最近
まで知らなかった事実を、この手紙の送り主
は知っていたということになる。
となると、送り主は情報を得られる事件の
関係者か、当事者からそのことを訊くことの
出来る近しい人物か。
けれど、後者はなかなか考えづらいだろう。
犯罪者であることを隠し、苗字を変えて新
たな人生を歩もうとする受刑者は、自分の名
が変わったことを周囲に知らせたくないとい
う思いがあるからだ。どこの刑務所に収監さ
れているかも家族に伝えなかった彼が、軽々
と情報を漏らすだろうか?いや、漏らさない
に違いない。
思った理由は?」
僕は手紙の送り主を見、首を傾げる。
住所は記されていないが、裏面の右下には
『早川永輝』と彼女の兄の名が記されている。
そして表面の宛名は『藤治佐奈』という名。
住所は身を寄せている祖父の家のものに違
いなく、消印もしっかり押されていた。
僕の問いに彼女は口を引き結ぶと、その訳
を話し始めた。
「この手紙が兄からではないと思った理由
は、筆跡です」
「筆跡?」
「はい。もう何年も兄には会っていないけ
れど、この字が兄のものじゃないことくらい
はわかります」
兄の字じゃないと言い切る彼女に、なるほ
ど、と呟き、僕は手紙に目を落とす。ペンで
認められた文字はやや斜めっていて、神経質
そうな印象を見る者に与える。男性とも女性
とも区別がつかない、繊細なその字。
僕は腕を組み数秒思案すると、頭に浮かん
だことを口にした。
「この字がお兄さんのものじゃないなら、
奥さんが代わりに書いたという風には考えら
れないかな?お兄さんは手を怪我していて書
けなかった、とか」
「わたしも一瞬そう思ったんですけど……
その前に届いた奥さんからの手紙と照らし合
わせてみたら、その字とも違ったんです」
「なるほど、奥さんの字でもない、か。
となると、うーん。確かに奇妙だなぁ……」
僕は首を捻り考え込む。
兄の字でもその妻の字でもなく、謎の送り
主から届いた手紙。仮に、他の誰かに書かせ
て兄が送ったのだとしても、なぜこんな一文
を彼女に送ったのか、その意味もわからない。
推理小説の類を一切読まない僕にまともな
推理が出来る筈もなく、答えが見つからない
まましばし唸っていると、彼女が口を開いた。
「それともう一つ、気になることがあって」
「気になること?」
「はい。もし、他の誰かが兄の名を語って
この手紙を送ったのだとしたら、『早川』と
いう苗字を知っていることが気になるんです。
兄が結婚して名前が変わったことも、仮釈放
中だということも、きっと、ごく限られた
人間しか知らないことだと思うから」
「確かに!」
どうしてそんな重要なことに気付かなかっ
たのだろう?僕は手にしていた封筒の差出人
を凝視する。差出人の名は『西村永輝』では
なく、『早川永輝』。
つまり、実の妹である彼女ですらつい最近
まで知らなかった事実を、この手紙の送り主
は知っていたということになる。
となると、送り主は情報を得られる事件の
関係者か、当事者からそのことを訊くことの
出来る近しい人物か。
けれど、後者はなかなか考えづらいだろう。
犯罪者であることを隠し、苗字を変えて新
たな人生を歩もうとする受刑者は、自分の名
が変わったことを周囲に知らせたくないとい
う思いがあるからだ。どこの刑務所に収監さ
れているかも家族に伝えなかった彼が、軽々
と情報を漏らすだろうか?いや、漏らさない
に違いない。
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