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20 ヴィンセント視点

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 「あっ。忘れてた」

 エミリアが何かを思い出したように突然椅子から立ち上がった。

 よほど焦っていたのか、エミリアはテーブルに体をぶつけたようで、テーブルの上の食器ががガチャンと音を立てた。

 「どうしたエミリア?」

 ヴィンセントが驚いて問いかけると、エミリアは「ンンンッ」と喉の調子を整えている。

 何事もなかったように優雅に椅子に座りなおしたエミリアは、ヴィンセントの顔を真面目な顔で見た。

 「ヴィンセント様」

 エミリアはヴィンセントの名前を呼んだ。
 何か急な要件でもあるのか、深刻な話かもしれないとヴィンセントは身構えた。

 しかしエミリアは、一向に話を続ける様子がない。
 ただ真面目な顔でヴィンセントを見続けている。

 「どうした?何か話すことがあったんじゃないのか?痴呆か?」

 ヴィンセントが心配になってエミリアに問いかけると、エミリアは可笑しくてしょうがないというように笑い始めた。

 顔を赤くして目に涙をためて笑い続け、一向に笑いが収まらない様子だ。

 何が可笑しいのか分からないまま、ヴィンセントが笑い続けるエミリアを見守っていると、

 「まさか痴呆を疑われるとは思いませんでした。でも相手がヴィンセント様で本当によかったなと思いました。ありがとうございます」

 と言ってエミリアは微笑んだ。

 ヴィンセントは何に対してか分からない感謝の言葉を受け取った。


 この3日間は道中の護衛にと連れてきた部下たちにも、休暇と思ってゆっくりするよう言ってある。
 ヴィンセントはルイーザを待ちながら、仕事を忘れ、温泉で体を休めて過ごした。

 そして翌朝、ルイーザが到着したため、ヴィンセントはルイーザを出迎えた。

 「ルイーザ来たか」

 「長旅だったわ。早く温泉に入りたい」

 ルイーザはヴィンセントと2人なのをいいことに体の節々を伸ばしている。

 「ここには来たことがあるのか?」

 「何度かね。ここって変わってるでしょう。なんでもエミリアのカンデスにあるお祖母様の別荘を真似ているらしいわ」

 カンデスと言うのは、この国の東に位置する隣国だ。
 エミリアの母はカンデスの公爵家出身だった。

 「そうか。しかしカンデスの王宮には何度か行ったことがあるが、文化的に我が国とほとんど違いはなかったはずだが。この別荘は風変わりなものであふれている」

 かつて、2つの国は共に1つの大帝国の一部だった。
 文化も言語も似通っている。

 「なんでもカンデスの中でも特殊な文化が育っている地域なんですって。ほら、昔エミリアが風変わりなお芝居の話をしていたでしょ。すごく変わった地域らしいわ。あ、そうだ。私浴衣を着てもいいかしら?いつもここでは浴衣を着るのよ。とても着替えがしやすいから温泉にぴったりの衣装よ。王太子殿下の御許しが出ればそっちの方が楽だわ。」

 ルイーザはヴィンセントの腰に手を回し、上目遣いで見上げながらお願いした。

 「もちろん君の好きなようにしたらいい」

 ヴィンセントが鷹揚に答えて、ルイーザの可愛い唇にキスをすると、ルイーザは

 「やった。じゃあさっそく温泉に入ってくるわね」

 と言って部屋を出て行った。
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