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キューザック子爵邸に到着してからも、ルーシーの心は晴れなかった。

自分がどれほど極悪な人間かを知り、打ちのめされている。

晩餐の席でも、食事がほとんど喉を通らなかった。

こんなことは生まれて初めてだ。

自分が食べなければ料理人を悲しませるし、食材も無駄になってしまうと分かっているけれど、口に入れても喉につかえてしまう。

吐き出してしまえば、それこそ大変なことになってしまうだろう。

ルーシーは料理がおいしかったことを伝え、旅の疲れが出たと言って晩餐の席を途中で退席した。

「まぁ、一体どうなさったのでしょうか。馬車の中でも元気がありませんでしたし。お風邪でも召されたでしょうか?」

部屋に帰ると、ホリーが心配してくれた。

「ちょっと疲れただけだから。今日早めに寝れば大丈夫だと思うわ」

食事が喉を通らなかったのは、体の不調と言うより、心の不調だろう。

「では湯あみなさいますか?」

「ええ。温まったら、すぐに寝てしまうことにするわ」

ルーシーはホリーに手伝ってもらって湯あみをすると、キューザック子爵に気を付けるよう声をかけ、ホリーを退出させた。

ルーシーはベッドに入り考えていた。

自分のしてしまったこと、そしてそのことでどれほどの苦痛をフランツに与えたか。

(謝っても許されない。視界に入れたくもない存在…)

考えていると、涙が枕に吸い込まれていった。

一度流れ始めた涙は、堰を切ったように次々溢れていく。悲しくて、嗚咽が漏れる。

一通り泣いたルーシーは、涙に別れを告げ仰向けになった。

目が暗闇に慣れてきて、天井の模様が見える。

天井を見つめながら、現状を整理していく。

自分は最低なことをしてしまった。
しかし過去に戻ってなかったことにすることはできない。

これから行いを改めるしかない。
どうやって?

フランツはルーシーの顔も見たくないはずだ。
本当ならば謝罪したい。

しかし謝罪を受けることよりも、ルーシーが二度と目の前に現れないことをフランツは望んでいるに違いない。

ところがルーシーは王族で、近衛騎士の守るべき相手。

近衛騎士団1番隊隊長であるフランツの視界に入らないようにすることなど、本当にできるのだろうか?

(あー、もうダメ。もう考えるのはやめて寝ましょう。考えるのは明日!)

もともと楽観的なルーシーには、とことん悩み落ち込むことは向いていないようだ。

全てを忘れて寝ようとするのだが、今度は眠れなくなってしまった。

ベッドの中で泣いたり考えたりしている間に、せっかく湯船で温まった体が冷えてしまったらしい。

足先が冷たい。
足先を温めるために、ベッドの中で正座をした。

足裏をお尻の熱で温める作戦だが、温まる気配はない。

今日は晩餐が喉に通らず、ほとんど食事をしていないからか、今まで出なかった症状が出てしまった。

『眠れなかったら目を閉じるだけでも体は休まるわ』
眠れないルーシーに母がくれた助言だ。

ルーシーは目を閉じた。


目を閉じても頭はさえていて、一向に睡魔は訪れない。

何度か目を開けてぐるぐると考え、そして目を閉じて…と繰り返し、どうにかルーシーは浅い眠りについたようだ。

結局は物音で起きてしまい、自分が少しの間眠りについていたことに気づいた。

カチャ と音がして、寝室の扉が開かれた。

本来ならば悲鳴を上げてしまう怖い状況なのだが、ルーシーはフランツだろうと思った。

目を開けたままでいると、フランツがルーシーの顔を覗き込んだ。

「体調はいかがですか?」

ルーシーと目が合うと、フランツは少し目を細めた。
優しく微笑んでいるように見える。

「寒いわ」

ルーシーが言うと、フランツはベッドの中に入ってきてルーシーの体を抱きしめた。

「私は体温が高いので、温めて差し上げます」

フランツの言葉を聞き、ルーシーは自分の足をフランツの足に絡めた。
冷たい足裏をくっつけるように。

「ベッドの中にいたのに、どうしてこんなに冷たいのですか?」

驚いた様子のフランツは、ベッドから出て、ルーシーの足元に移動した。

上掛けの中に手を突っ込み、ルーシーの足裏をマッサージし始める。

温かいフランツの手で足裏を包むように優しく刺激されるのはとても心地よかった。

フランツのマッサージを受けながら、いつのまにかルーシーは寝てしまっていた。

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