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 バッグさえあれば、どうにかなるだろう。

 とにかくこの部屋から出ようと、外に続くだろうドアに向かって歩いていった。
 そこで、『宿泊代』という言葉が頭に浮かんだ。

 ホテルに泊まったのだから、宿泊代を支払わないとまずいだろう。
 バッグの中から、慎重にお財布を取り出した。

 暗くて良く確認できなかったけれど、昨日のままお金は入っているようだ。
 部屋も広いし、お風呂もお洒落できれいだった。

 足りないかもしれないと思ったけれど、1万円札が2枚あったので、2万円をソファーテーブルの上に置いた。
 飛ばないように、お札の上にホテルのボールペンを乗せた。

 今度こそ忘れ物がないのを確認し、抜き足差し足で外に続く扉を目指した。
 音をたてないように静かに部屋のドアを開け、ゆっくりと慎重に閉める。

 廊下は部屋の中と比べて少しだけ気温が低く設定されていたようで、涼しく感じた。

 私は無事に脱出できたことに一安心して、ほっと胸をなでおろした。

 さぁ、帰ろうと一歩足を踏み出した瞬間、靴を履いてくるのを忘れたことに気づいた。
 まったく確認できていない自分に腹が立ったけれど、せっかく脱出できたのに、今更男のいる部屋に戻る勇気はない。

 お気に入りの靴だったけれど、涙を呑んであきらめた。

 廊下に出てみて分かった。
 たぶんここは、エリの家が経営しているホテルだ。
 バスローブの刺しゅうにも見覚えがあった。

 だとすれば自宅まで徒歩で帰れる。
 バッグの中を探るとスマホがあり、昨日着ていた下着とストッキングがコンビニの袋に入っているのも見つけた。
 アクセサリー類も小物入れに入っていた。

 記憶のない間の私は、どうやら常識的な行動をとってくれていたようだ。

 時刻を確認すると午前4時15分。
 この時間なら裸足で帰っても人に見られないだろうし、見られたとしても酔っ払っているフリでどうにかなるだろう。
 どうにかなってくれ!

 エリに報告されませんようにと祈りながら、何食わぬ顔でロビーを抜け、家を目指した。

 ホテルの外に出ると、もうすぐ夜明けのようでうっすらと空が明るくなっている。
 来週にも梅雨入りだと聞いたけれど、雨も降っておらず、空気もカラッとして暖かかった。

 なるべく人通りの少なそうな道を選んで歩いていく。

 朝4時台だというのに、数人ウォーキングしている年配のご夫婦などを見かけ、裸足でノーパンの自分がすごくダメな人間のような気がした。
 
 挙動不審が一番注目を集めると何かの本で読んだ。
 とにかく無心を心掛け、ひたすら歩いた。

 無事にマンションに到着した時には、精神的疲労によるものか、私はぐったりとしていた。
 ここからあと少しだけ緊張を保たないと、と気合を入れなおしてエレベーターのボタンを押した。

 エレベーターで誰かと出くわしたら、さすがに恥ずかしくて死ねると思ったけれど、エレベーターに乗り込んでくる人もなく、どうにか我が家に到着した。
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