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 しばらく息も思考も停止していたけれど、とにかくベッドから降りることにした。

 早くベッドから離れたい気持ちと、男に気づかれたくない気持ち。

 少しでも動いたら、男を起こしてしまうのではないかとハラハラしながらも、ゆっくり移動を開始した。

 ベッドの中で体を動かす度に、衣擦れの音がする。
 息が止まるほど緊張した。

 きっと大した時間は経っていないはずなのに、額には汗が浮かび、心臓は早鐘を打っていた。

 やっとの思いでベッドから下り、忍び足で歩く。
 見つけたドアを開け、音をたてないようにドアを閉めた。

 手探りで見つけたスイッチを押して明かりをつけると、バスルームだった。

 自宅ではない。
 どこかのホテルだろうか。
 白と金で統一された、猫脚付きのバスタブのあるバスルームだ。

 使われた形跡があり、バスタオルは濡れていた。
 バスルームの換気扇が回っていて、昨日私が着ていたワンピースが干してあった。


 大きな鏡に、前がはだけたバスローブ姿の自分が映っている。
 首筋や胸元に鬱血痕。
 驚いて自分の体を見てみると、お腹や太ももの内側にも赤い跡がついていた。

 犯人として思い当たるのは、1人しかいない。
 しかし犯人らしき男を起こして、何があったのか聞きだす勇気はない。

 まだ完全に乾いていないようで少し湿っぽかったけれど、昨日のワンピースを着るしかないだろう。

 下着も身につけていたはずだけれど、見当たらなかった。
 バスローブを脱ぎ、ノーブラノーパンでワンピースを着た。
 厚めの生地なので何とかなるはずだ。

 ほかに昨日持っていたのはバッグ。
 家の鍵もスマホもきっとバッグの中だろうから、バッグは見つけなければならない。

 さっさとここから退散したいけれど、忘れ物をするのは困る。
 頭を働かせなくてはならない。
 最小限の時間で、忘れ物をしないようにこの場所を立ち去る方法を考えないと。

 私は急いで脱出プランを練った。

 『男が目覚めていませんように』

 私は祈りながら、再びバスルームのドアをゆっくり、静かに開けた。

 ドアノブを、時間をかけ慎重に回したけれど、小さく『カチャ』という音がしてしまって心臓が跳ね上がった。

 慌ててベッドの様子をうかがってみたけれど、男が起きた気配はなかった。

 私はひとまず安心して、暗闇の中バッグの捜索を開始した。

 転んだり家具にぶつかったたりして、大きな音を立ててしまっては、慎重に行動した今までの努力が水の泡になる。
 私は、細心の注意を払って移動し、手探りでバッグを探した。

 捜索開始してすぐに、ソファーの上にバッグがあるのを見つけることができた。
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