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ミラ

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私は今、大きな荷物を持って王宮の門の前で列に並んでいる。

夜会の時にいつも馬車で通り抜ける南の正門ではなく、王宮の裏側にある門だ。
ここに門があるということを、私は知らなかった。

こちら側から見る王宮は日陰になっているせいか、なんだか圧迫感があるように思える。
緊張しているせいで、そう感じるだけかもしれない。



2日前、私は医師を連れ、コニーの実家に向かった。
コニーとリナにも同行してもらった。
コニーの妹・ミラやご家族に事情を説明するためには、2人もいた方が話が早いだろうと判断してのことだ。

ミラの体調は、私が思っていたよりも悪かった。
熱が高く咳もひどい。

私はミラの代わりにご家族に事情を説明した。

特に万が一の時の保障については、きちんと説明させてもらった。
もしもミラと私の入れ替わりが露見し、パットやミラの経歴に傷がつくようなことがあれば、必ずカナルソル侯爵家で恩給を出す。

ご家族はミラやパットのことをとても心配していたけれど、どうにか納得してもらい、今私はここに立っている。



私の前に並んでいる男性は、野菜を運んできたようだ。
何かの紙を門番に見せ、少し会話をして門の中に入っていく。

次は私の番だ。
門番のいる小屋の前に進み、どさりと荷物を地面に置いた。
そして練習した通り、ミラから預かった採用通知を門番に見せた。

「名前と配属先を言いなさい」
門番は通知に書いてあることを聞いてきた。

「大掃部に配属されたミラ・ネールです」

「よし、では入ってすぐの右の部屋に行きなさい。そこでもこの通知を見せること」

「はい。ありがとうございます」

こちらの門から入ったことが一度もない上、王宮の裏側には立ち入ったこともない。
中がどうなっているのかわからないので、門番の指示はありがたかった。

ついさっき置いた荷物を、すぐに持ち上げた。
腰にぐっと重みがかかる。

(入ってすぐの右の部屋…)
忘れないように心の中でつぶやきながら進んでいく。

(たぶん、ここよね)
後ろを振り返り、他に扉がないことを確認した。

(きっとここね)
思い切って扉を開く。

すると、そこはとても狭い部屋になっていた。
女性が3人机に座っている。

王宮の中にこんなに狭い部屋があるということに、まず驚いた。

驚いたまま突っ立っていると、正面に座っていた女性と目が合った。

(ハッ!驚いている場合ではないわ)

「大掃部に配属になったミラ・ネールです」
我に返り、通知を女性に渡す。

きっと私のような不慣れな新入りに慣れているのだろう。
女性は私の様子を特に気にすることなく、淡々と通知に目を通していた。

「パット・ベクレルさんの紹介ですね。では、大掃部に案内します。荷物を忘れないで」

女性は奥の扉を開き、私を案内した。

扉を開くと、そこは地下に続く階段になっていた。
大きな荷物を抱えているので、階段を踏み外さないか少し心配だ。
薄暗い階段を慎重に降りていくと、活気のある声が聞こえてきた。

「地下1階は多くの部署の仕事場になっています。地下2階と3階は使用人の部屋です」
説明してくれる女性の横を、荷物を持った使用人たちが通り抜けていく。

皆忙しそうに働いている。
邪魔にならないように、壁に体をくっつけた。

「部屋に案内します。あなたの部屋は地下3階の端ですね。新入りは部屋が職場から遠いですが、長年働いていればだんだん部屋は近くなっていきます」

説明を受けながら案内されたのは、地下3階の端の暗くて狭い部屋だった。
ベッドが2台置かれているだけで、他は何もない。
窓が無く陽が差さないので、火がなければ昼間でも真っ暗だ。

(セサンパ号の寝床よりも、この部屋は狭いかもしれないわ)
領地で世話をしている愛馬の寝床が思い浮かんだ。
あの小屋は陽が差し明るいから、ここよりもマシかもしれない。

「荷物を整理して、しばらくここで待っていてください。大掃部の者を呼んできますので」
茫然と部屋を見ていた私に声をかけ、女性は部屋から出て行った。

整理しろと言われても、ベッドしか家具がないのに、一体どう整理しろと言うのだろうか。
先行きがかなり不安だ。

この部屋のベッドは、どちらも使われていないようだった。
とりあえず入って右のベッドの下に持ってきたバッグを置き、ベッドに腰かけた。

これほど重い荷物を持って長い距離を歩いたのは初めてのことだった。
腕が変になりそうだ。

しばらくすると、人がやってくる気配がして、ドアがノックされた。
慌てて立ちあがり返事をすると、小柄な年配の女性が入って来た。

「ミラ、来たわね…」
と言って私を見た女性は、固まってしまった。

「あなたは、ミラではないわね。一体誰?ミラはどうしたの?曲者!?」
女性は扉に駆け寄った。
部屋から出て助けを呼ぼうとしている。

一応ミラと同じ明るい茶髪のかつら(前髪長めの三つ編み)をかぶって来たけれど、すぐに見抜かれてしまったようだ。

「わぁぁ!待ってください。落ち着いて。これを読んで」
きっとこの女性がパットさんだろうと判断し、私はバッグの中から手紙を取り出しパットさんに押し付けた。

色々相談して、パットさんには事前に知らせずに押しかけて来た。

知らせたら絶対に反対されるだろうし、反対されても行くつもりならパットさんを事前に巻き込むべきではないだろうと思ってのことだ。

その代わり、パットさんのお姉さん(コニーとミラの母親)に手紙を書いてもらった。
手紙では私が来た経緯が説明されている。

「あなたは、リュシー・カナルソル様?」
手紙を読み終えたパットさんは、私を見て言った。

「はい、そうです」
答えると、パットさんは目を丸くした。

「ここでの仕事は掃除ですよ?あなた様にできるのですか?」

「掃除をしたことはありませんが、昨日1日だけ部屋を掃除してみました。王宮では言われたことに対して全て『はい』と答え、指示通りに動くようにとアドバイスを受けました。私のことはミラだと思って、バシバシ鍛えてください。よろしくお願いします」

教えられたとおりに、腰を90度に折ってお辞儀をした。

しばらくそのままでいたけれど、パットさんから反応がない。

体を起こし様子を見てみると、パットさんは扉にへばりついて固まっていた。
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