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「本当に良かったんですか?」
「ええ、もちろんです」

 防寒着のことを相談した結果、私はオーガルン辺境伯と一緒に町に出ることになった。
 やはり、この辺りは私がかつて暮らしていた地域よりも寒いらしく、防寒着はもっと必要であるらしい。
 そのため、買いに行くと言ったら、彼が案内を申し出てくれた。こちらとしてはありがたいのだが、辺境伯をわざわざ買い物のために同行させるというのは少々気が引けることであある。

「私も、丁度町に用事がありましたからね」
「用事?」
「ええ、そのついで……というと、あなたに失礼ですね」
「いいえ、私なんかついで充分です」

 どうやら、単に私のためだけについて来てくれたという訳ではないらしい。
 それなら、むしろ安心できる。私のためだけに辺境伯を連れ出すということではなくて、本当によかった。

「それで、どのような用事なんですか?」
「……何れ、あなたの耳に入ることでしょうから、先に言っておくべきですね。実は、町に熊が出たんです」
「熊?」

 オーガルン辺境伯の言葉に、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
 町に熊が出た。それは、明らかな一大事である。そんなに呑気に話していいことではないはずだ。

「ご心配なく、既に熊は仕留めました。証言から考えると、町に下りて来た熊は一頭だと考えています。故に安全は確保できたかと」
「そうですか……それでは、オーガルン辺境伯は町の様子を見に来たかったということですか?」
「ええ、正しくその通りです。混乱が無事に収まっているか、確認したかった所だったのです」
「それは……」

 そこで、私は思い出した。私が訪ねた時に、オーガルン辺境伯は所用で出かけていたはずである。
 もしかして、その所用とはそのことだったのではないだろうか。いや、状況から考えて、それは間違いない。混乱が収まっているか確認したいというくらいなのだから、熊が仕留められたのはつい最近のことであるはずだ。

「見た所、町は静かですね……いえ、この場合は静かなのがまずいのでしょうか?」
「そう考えることもできるでしょう。とはいえ、不安な空気という訳でもないと私は感じています」
「そうですね……それは、なんとなくわかります。落ち着き、とでもいうべきでしょうか。そんな空気を感じます」
「恐らく、今は安心感によって静かになっていると考えるべきでしょう。そうであるなら、私としてもある程度納得できます」

 町は穏やかなる静けさに包まれていた。
 これは、どちらかというといい静けさだろう。どうやら、混乱は収まったようだ。私は、混乱があったことすら知らなかった訳ではあるが。
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