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76.お気に入りの場所

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 私は、イルドラ殿下とともに最寄りの森に来ていた。
 その森の中には、泉がある。そこは静かで涼しく、過ごしやすい場所だ。ここに来ると、いつも心が落ち着く。

「……綺麗な場所だな」
「そうでしょう? 私のお気に入りの場所なんです」
「だが、危険がない所という訳でもないだろう? 森の中には、どんな獣がいるかもわからないぞ?」
「大丈夫ですよ。この辺りには獣も滅多に近づきませんから」

 ここは、私が子供の頃からよく来ていた場所だ。
 もちろん、森の中ということもあって、危険だと言われたこともある。
 ただ、いつも無理を言ってでも、時に無理をしてでもここに来ていた。それくらい、私にとっては来たい場所なのである。

「それに、獣を寄り付かせないための準備はしますから問題ありません」
「それは……木か?」
「ええ、これで火を起こします」
「なんだって?」

 私はてきぱきと準備を進めて、火を起こしていく。
 こういうことをするのは結構久し振りなのだが、体が覚えてくれている。私は無事に、火を起こすことができた。

「リルティア嬢、あなたは意外と野性的だったんだな?」
「野性的、そうでしょうか?」
「ああいや、悪い意味ではないんだ。今のあなたを、俺は格好いいと思っている……いや、これは褒め言葉にはならないのだろうか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。そう言ってもらえて嬉しく思います」

 私は、焚火を挟んでイルドラ殿下と腰掛けた。
 この火があれば、まずここには獣は近づいてこない。そもそも、この辺りには狂暴な獣なんていないとは思うが、念のためだ。

「小さな頃から、こういったことはしていたのか?」
「ええ、まあ、サバイバルとかそういったものに、少し憧れがあって……」
「意外とやんちゃだったんだな」
「そうかもしれません。両親やお兄様のことを、困らせることもありました」

 私は、イルドラ殿下の言葉にゆっくりと頷いた。
 昔の私は、今と比べるとかなりやんちゃだったといえるだろう。

 そういった気持ちは、いつしか忘れてしまっていた。ここに来なくなったのは、いつの頃だっただろうか。その頃から、今の私はできたといえる。
 ただ、だからといって昔の私を忘れた訳ではない。こうやってここに来て、それがわかった。

「イルドラ殿下は、どうだったのですか?」
「俺?」
「ええ、私はイルドラ殿下の話が聞きたいです」

 私は、イルドラ殿下をじっと見つめた。
 すると彼は、笑みを返してくれる。それは話してくれるということだろう。
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