虐げられてきた妾の子は、生真面目な侯爵に溺愛されています。~嫁いだ先の訳あり侯爵は、実は王家の血を引いていました~

木山楽斗

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7.涙が流れた訳は

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「もしも気に障るようなことを言ったのだったら、すまなかった。配慮が足りていなかっただろうか?」
「いえ、ルバイト様のせいでは、ありません。ただ私が……」

 慌てるルバイトに対して、アリシアはゆっくりと首を振った。
 これ以上ルバイトを困らせてはならない。そう思って、アリシアは流れる涙を必死に抑えて前を向く。

 すると、心配そうにこちらを見つめているルバイトの姿がはっきりと目に映った。
 そんな彼に申し訳なく思いつつも、アリシアは少し嬉しくなっていた。改めてルバイトの優しさが、身に染みてきたからだ。

「ルバイト様は、お優しい方です」
「む……?」
「その優しさが嬉しくて……これまでのことが悲しくて、涙が零れてしまったのです」

 何故涙が流れてきたのか、アリシアは完全に言語化できる訳ではなかった。
 その曖昧な言葉に、ルバイトは少し訝し気な表情をしている。それを見てアリシアは、少し心配になっていた。

 もしかしたらルバイトは、自分のことを変な人だと思っているのではないだろうか。アリシアの頭の中には、そのような考えが過っていた。

 しかしアリシアは、とりあえず話を前に進めることにした。
 ルバイトがどのような行動をするかは、少々心配ではある。ただそれでも、彼女は彼に話したいと思っていた。

 それはアリシアが、久方振りに誰かに甘えたいと思った瞬間だった。
 ランベルト侯爵家に連れて行かれてからずっと抑圧されていた感情が、アリシアの中に蘇ってきたのである。

「……これまでのことが悲しかったというのは、それだけランベルト侯爵家で何かあったということなのだろうか?」
「……ええ、そうです。ランベルト侯爵家での生活は、はっきり言ってとても苦しいものでした」
「苦しいもの、か……」
「私にとって、ランベルト侯爵の隠し子として侯爵家に引き取られたことは幸福なことではありませんでした」

 アリシアがゆっくりと話を始めると、ルバイトはそれを真剣な顔で聞き始めた。
 これまでのことを話すことは、アリシアにとっては苦しいものであった。ただ同時に、心安らぐことでもある。

 今まで誰にも話すことができなかったモヤモヤを吐き出せる。それだけでも、アリシアにとっては気持ちが軽くなることだったのだ。

「君の立場は知っているが、詳しいことは知らない。ランベルト侯爵家に引き取られる前、君はどのような生活を送っていたのだろうか?」
「母と二人で、小さな村で農家として暮らしていました。貧乏でしたが、幸せな生活でした。まあそれは今思えば、ということなのかもしれませんが……」

 アリシアは、既に人生の半分程をランベルト侯爵家で過ごしている。
 九歳の頃に連れて行かれたため、物心ついた頃から考えると、ランベルト侯爵家で過ごした時間の方が長い程だ。

 しかしそれでも、アリシアの中には母と二人で暮らしていた時のことが色濃く残っていた。
 その時間だけが、アリシアにとっては幸せな時間だったからだ。

 それからアリシアは、ルバイトにこれまでのいきさつを全て話した。
 それを静かに聞き終えたルバイトは、ゆっくりと重たくため息をついたのだった。
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