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6.いい人だからこそ

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 ルバイトの視線に、アリシアは固まってしまっていた。
 敵意がないことはわかるのだが、それでもその視線は鋭い。アリシアからすると、それは少々怖いものであった。

 そんな彼に対して事情を話すべきかどうか、アリシアは少し考えていた。
 目の前にいる彼が、悪い人ではないということは、彼女にももうわかっている。ルバイトは、ランベルト侯爵家の人々は違うのだ。

 しかし、それをわかっているからこそ、アリシアは逆に話すことを躊躇うことになった。
 話してルバイトが、ランベルト侯爵家に対して、何かしらの働きを行う可能性があるからだ。

「……ルバイト様、私が何を話しても、滅多なことは考えないでください」
「ほう?」
「あなたはきっと、私の話を聞いたら怒りを覚えると思います。ですがどうか、危ないことはしないでください」

 そこでアリシアは、はっきりとルバイトの目を見ていた。
 不思議なことに、今のアリシアの中には勇気が芽生えていた。彼女の中からは既に、ルバイトの視線が怖いなどという感情は消え去っていたのである。

 それがわかっているのか、ルバイトは躊躇うようにアリシアから視線を外した。
 彼は顎の下に手を置き、ため息をつく。アリシアの言葉を、考えているといった様子だ。

「……それについては、場合によるとしか言いようがないことではあるが」
「それは、どういう意味なのでしょうか?」
「今の君の言葉を聞いて、俺は行動しなければならないように思えたが、とにかく話を聞いてみないことには判断ができないということだ」

 ルバイトは、再びアリシアの目を見て言葉を発していた。
 皮肉なことに、ルバイトもアリシアの悲痛な言葉によって、逆に奮起する性質であった。その点において、アリシアは選択を誤っていたのだ。

「もちろん、君が話したくないというなら強要するつもりはない。どちらにしても、君のことは俺が責任を持って、この屋敷で預かる。不自由にはさせない。君が健やかに暮らすことができるように努めるつもりだ。それは揺るぎないことだ」
「ルバイト様……」

 再び怖がっていたアリシアに対して、ルバイトは優しい言葉をかけてきた。
 その寄り添うような言葉に、アリシアは衝撃を受けていた。

 ランベルト侯爵家に連れて行かれてから、アリシアには幸せなことなどほとんどなかった。
 苦痛に溢れる日々に、唯一幸せを覚えていた母親との会合もなくなった。それによって、人生に絶望した程である。

 そんな彼女にとって、ルバイトという存在は、とてもありがたいものだった。

「……アリシア、どうかしたのか? 俺は何か、君が不快に思うようなことを言ったのだろうか?」
「……え?」

 そこでルバイトは、慌てたような顔をしていた。
 それによって、アリシアは気付いた。自身が涙を流しているということに。

 彼女自身は、それをまったく意識できていなかった。
 自然と涙が、零れて落ちていたのである。

 それを止めようと努力するアリシアだったが、何故か涙は止まらなかった。
 アリシアの心は、それ程に深く傷ついていたのだ。彼女の涙は、抑え込んできたものが、溢れ出してきたものなのである。
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