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2.不幸せな生活
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父親がいないということを除けば、アリシアという少女は平凡な田舎娘だった。
母親と二人、畑を耕しながら生活するのは彼女の穏やかな気性にもあっており、貧乏ではあるものの幸せな生活を送っていた。
そんなアリシアがランベルト侯爵の隠し子であると判明したのは、彼女が九つになった時のことだった。
ランベルト侯爵からの使いは、アリシアと母親が暮らす家にずかずかと入って来て、二人を侯爵家へと強引に連れていったのである。
それからのアリシアと母親の生活は、決して幸福なものではなかった。
ランベルト侯爵家の人々のほとんどは、二人のことを歓迎していなかった。血を引くアリシアを万が一に備えて保護したというだけで、忌み嫌っていたのだ。
アリシアと母親は、それぞれ別の部屋で暮らすことになった。
それは、ランベルト侯爵夫人の嫌がらせだった。侯爵家の中でも、彼女は最も二人のことを恨んでおり、二人にとって最大の支えであるお互いを引き離したのである。
二人が会えるのは、月に一度だけだった。
その一時だけだが、二人にとって唯一落ち着ける時間だったのだ。
しかしある時、アリシアの前に母が現れなくなった。
そんな彼女に伝えられたのは、母親がニ週間も前に亡くなっていたという事実である。
母親が亡くなったという悲しみ、そしてそれを自分がニ週間もの間知らなかったという悲しみ。それらの事柄は、アルシアの心をひどく傷つけた。
当然と言えば当然ではあるが、それから彼女は塞ぎ込むようになった。この世界には希望なんてない。アリシアはそんな風に思うようになっていたのだ。
いつしかアリシアは、自らの命を絶つことさえ考えるようになっていた。
ただ、彼女は踏み止まっていた。母がそれを望んでいないことが明白であると、アリシアはよく理解していたからだ。
アリシアの婚約が決まったのは、それから程なくしてのことだった。
彼女の婚約相手は、ルバイト・アルバーン侯爵。若くして侯爵家を継いだ色々な意味で、評判の侯爵である。
婚約というものにそれ程馴染みがある訳ではないアリシアにとって、それは少々怖いものだった。
ルバイト及びアルバーン侯爵家でどのような扱いを受けるのか、不安しかなかったのである。
そんなアリシアは、馬車の扉の前で手を伸ばす一人の男性の姿に少し驚いていた。
ランベルト侯爵家において、そのように丁重に扱われたことはなかったからだ。
「えっと……」
「む……どうかしたのか?」
「いえ……」
アリシアは、貴族の世界の礼節というものを理解しているという訳ではなかった。
ランベルト侯爵家において、彼女は何一つとして学ばせてもらっていなかったのである。
故に、手を伸ばす男性の意図を理解するまでには時間を要した。
ただ、それが馬車から下りる自分を補助するものであることは、状況から考えて、間違いないと思ったため、彼女はゆっくりと手を伸ばした。
「失礼、致します」
「……ああ」
馬車からゆっくりと下りたアリシアは、男性の顔を見上げていた。
白髪の男性は、整った顔立ちながらも、少々強面であった。
背丈も高いことから、少々威圧感がある。それがアリシアの第一印象だった。
しかし、彼がアリシアのことを気遣っていることは彼女もよくわかっていた。支えてくれるその手から、それが伝わってきたのだ。
母親と二人、畑を耕しながら生活するのは彼女の穏やかな気性にもあっており、貧乏ではあるものの幸せな生活を送っていた。
そんなアリシアがランベルト侯爵の隠し子であると判明したのは、彼女が九つになった時のことだった。
ランベルト侯爵からの使いは、アリシアと母親が暮らす家にずかずかと入って来て、二人を侯爵家へと強引に連れていったのである。
それからのアリシアと母親の生活は、決して幸福なものではなかった。
ランベルト侯爵家の人々のほとんどは、二人のことを歓迎していなかった。血を引くアリシアを万が一に備えて保護したというだけで、忌み嫌っていたのだ。
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それは、ランベルト侯爵夫人の嫌がらせだった。侯爵家の中でも、彼女は最も二人のことを恨んでおり、二人にとって最大の支えであるお互いを引き離したのである。
二人が会えるのは、月に一度だけだった。
その一時だけだが、二人にとって唯一落ち着ける時間だったのだ。
しかしある時、アリシアの前に母が現れなくなった。
そんな彼女に伝えられたのは、母親がニ週間も前に亡くなっていたという事実である。
母親が亡くなったという悲しみ、そしてそれを自分がニ週間もの間知らなかったという悲しみ。それらの事柄は、アルシアの心をひどく傷つけた。
当然と言えば当然ではあるが、それから彼女は塞ぎ込むようになった。この世界には希望なんてない。アリシアはそんな風に思うようになっていたのだ。
いつしかアリシアは、自らの命を絶つことさえ考えるようになっていた。
ただ、彼女は踏み止まっていた。母がそれを望んでいないことが明白であると、アリシアはよく理解していたからだ。
アリシアの婚約が決まったのは、それから程なくしてのことだった。
彼女の婚約相手は、ルバイト・アルバーン侯爵。若くして侯爵家を継いだ色々な意味で、評判の侯爵である。
婚約というものにそれ程馴染みがある訳ではないアリシアにとって、それは少々怖いものだった。
ルバイト及びアルバーン侯爵家でどのような扱いを受けるのか、不安しかなかったのである。
そんなアリシアは、馬車の扉の前で手を伸ばす一人の男性の姿に少し驚いていた。
ランベルト侯爵家において、そのように丁重に扱われたことはなかったからだ。
「えっと……」
「む……どうかしたのか?」
「いえ……」
アリシアは、貴族の世界の礼節というものを理解しているという訳ではなかった。
ランベルト侯爵家において、彼女は何一つとして学ばせてもらっていなかったのである。
故に、手を伸ばす男性の意図を理解するまでには時間を要した。
ただ、それが馬車から下りる自分を補助するものであることは、状況から考えて、間違いないと思ったため、彼女はゆっくりと手を伸ばした。
「失礼、致します」
「……ああ」
馬車からゆっくりと下りたアリシアは、男性の顔を見上げていた。
白髪の男性は、整った顔立ちながらも、少々強面であった。
背丈も高いことから、少々威圧感がある。それがアリシアの第一印象だった。
しかし、彼がアリシアのことを気遣っていることは彼女もよくわかっていた。支えてくれるその手から、それが伝わってきたのだ。
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*小説家になろう様からの転載です。
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