16 / 23
16(アルシーナ視点)
しおりを挟む
「まさか、異国の商人一家の夫人が、行方不明になっていた我が国の公爵令嬢だったとは、流石の私も驚きましたよ」
タルギス侯爵家に来て、私は侯爵にそんなことを言われた。
確かに、普通に考えたらそのようなことがあるとは思わない。彼が驚くのも、無理はないだろう。
「私自身も、そのことについては驚いていますよ。こんな面倒な立場にいる女を、普通は妻に迎えません。この人が、とんでもない人であると、侯爵もそう思いませんか?」
「はは、それは間違いない。ウォングレイ家の跡取り息子は、真面目な青年だと聞いていましたが、今回の件によってその印象は随分と変わりましたよ」
「アルシーナも侯爵も、私をそんな酔狂な人間であるように言わないでください」
「あら? 自分で気付いていらっしゃらないんですか?」
「む……」
「ははは、どうやら奥様には頭が上がらないようですな」
私達は、他愛のない話をしていた。
この場にいる全員が、この話を心から楽しめているという訳ではないだろう。この話は、次にする話まで心を落ち着かせる時間を作っているのに過ぎないのだ。
「さて……タルギス侯爵、まず前提に一つお話しておきます」
「おや、なんでしょう?」
「実の所、私はロガルサ公爵家に対して、未練なんて何一つ残っていないのです」
「ほう……」
私の言葉に、タルギス侯爵は少し目を丸めた。
もしかしたら、侯爵は私がロガルサ公爵の地位や権利を取り戻したいと思っていたのかもしれない。いや、思っていたのだろう。普通に考えれば、私が動くというのはそういうことだからだ。
しかし、私はそんなものに興味はない。もういらないと思っている。今の私には、それよりももっと重要なものがあるのだ。
「私の目的は、自身に対する冤罪を晴らして、ウォングレイ家に迷惑をかけないようにすることです。ですから、あなたが望むなら、私が得られた公爵家の全てを渡しても構いません」
「なるほど……非常に魅力的な提案です。しかし、それは受けられませんな」
「あら? どうしてでしょうか?」
「出る杭は打たれるものです。今の私がそこまでの財産を手に入れるということは、この国の数多の貴族を敵に回すことになり兼ねない。身に余る利益は、時に諸刃の剣となると私は思うのです」
タルギス侯爵の言葉に、私は驚いていた。まさか、そのように遠慮されるとは思っていなかったからである。
「私が欲しいのは、私の協力に見合った利益です。あくまでも、あなたを信頼して協力した結果、あなたの厚意によって得られる利益。それが欲しいのです」
「……どういうことですか?」
「美談ですよ。冤罪によって追放された令嬢を厚意によって助けた。私は、そういう結果が欲しいと思っています。噂というものが力を持つことはあなたもご存知でしょう? 人格者の貴族として知れ渡ることは、都合がいい。さらに、あなたからの厚意もいただける。私にとって、それが何よりもいい結果だと思っています」
「……そうですか」
タルギス侯爵は、私が知っている貴族よりもなんというか堅実な貴族であるようだ。
目の前にある多大な利益に食いつかない。なんとも、不思議な人物である。
だが、上手い話には裏があるというのが世の常だ。だから、もしかしたらタルギス侯爵のような具合の方が丁度いいのかもしれない。
「それでは、その丁度いい利益について、話し合いましょうか?」
「ええ、もちろんです」
タルギス侯爵のことを少し不思議に思いつつ、私は彼との話を始めるのだった。
タルギス侯爵家に来て、私は侯爵にそんなことを言われた。
確かに、普通に考えたらそのようなことがあるとは思わない。彼が驚くのも、無理はないだろう。
「私自身も、そのことについては驚いていますよ。こんな面倒な立場にいる女を、普通は妻に迎えません。この人が、とんでもない人であると、侯爵もそう思いませんか?」
「はは、それは間違いない。ウォングレイ家の跡取り息子は、真面目な青年だと聞いていましたが、今回の件によってその印象は随分と変わりましたよ」
「アルシーナも侯爵も、私をそんな酔狂な人間であるように言わないでください」
「あら? 自分で気付いていらっしゃらないんですか?」
「む……」
「ははは、どうやら奥様には頭が上がらないようですな」
私達は、他愛のない話をしていた。
この場にいる全員が、この話を心から楽しめているという訳ではないだろう。この話は、次にする話まで心を落ち着かせる時間を作っているのに過ぎないのだ。
「さて……タルギス侯爵、まず前提に一つお話しておきます」
「おや、なんでしょう?」
「実の所、私はロガルサ公爵家に対して、未練なんて何一つ残っていないのです」
「ほう……」
私の言葉に、タルギス侯爵は少し目を丸めた。
もしかしたら、侯爵は私がロガルサ公爵の地位や権利を取り戻したいと思っていたのかもしれない。いや、思っていたのだろう。普通に考えれば、私が動くというのはそういうことだからだ。
しかし、私はそんなものに興味はない。もういらないと思っている。今の私には、それよりももっと重要なものがあるのだ。
「私の目的は、自身に対する冤罪を晴らして、ウォングレイ家に迷惑をかけないようにすることです。ですから、あなたが望むなら、私が得られた公爵家の全てを渡しても構いません」
「なるほど……非常に魅力的な提案です。しかし、それは受けられませんな」
「あら? どうしてでしょうか?」
「出る杭は打たれるものです。今の私がそこまでの財産を手に入れるということは、この国の数多の貴族を敵に回すことになり兼ねない。身に余る利益は、時に諸刃の剣となると私は思うのです」
タルギス侯爵の言葉に、私は驚いていた。まさか、そのように遠慮されるとは思っていなかったからである。
「私が欲しいのは、私の協力に見合った利益です。あくまでも、あなたを信頼して協力した結果、あなたの厚意によって得られる利益。それが欲しいのです」
「……どういうことですか?」
「美談ですよ。冤罪によって追放された令嬢を厚意によって助けた。私は、そういう結果が欲しいと思っています。噂というものが力を持つことはあなたもご存知でしょう? 人格者の貴族として知れ渡ることは、都合がいい。さらに、あなたからの厚意もいただける。私にとって、それが何よりもいい結果だと思っています」
「……そうですか」
タルギス侯爵は、私が知っている貴族よりもなんというか堅実な貴族であるようだ。
目の前にある多大な利益に食いつかない。なんとも、不思議な人物である。
だが、上手い話には裏があるというのが世の常だ。だから、もしかしたらタルギス侯爵のような具合の方が丁度いいのかもしれない。
「それでは、その丁度いい利益について、話し合いましょうか?」
「ええ、もちろんです」
タルギス侯爵のことを少し不思議に思いつつ、私は彼との話を始めるのだった。
7
お気に入りに追加
3,012
あなたにおすすめの小説
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
元婚約者は入れ替わった姉を罵倒していたことを知りません
ルイス
恋愛
有名な貴族学院の卒業パーティーで婚約破棄をされたのは、伯爵令嬢のミシェル・ロートレックだ。
婚約破棄をした相手は侯爵令息のディアス・カンタールだ。ディアスは別の女性と婚約するからと言う身勝手な理由で婚約破棄を言い渡したのだった。
その後、ミシェルは双子の姉であるシリアに全てを話すことになる。
怒りを覚えたシリアはミシェルに自分と入れ替わってディアスに近づく作戦を打ち明けるのだった。
さて……ディアスは出会った彼女を妹のミシェルと間違えてしまい、罵倒三昧になるのだがシリアは王子殿下と婚約している事実を彼は知らなかった……。
聖女にはなれませんよ? だってその女は性女ですから
真理亜
恋愛
聖女アリアは婚約者である第2王子のラルフから偽聖女と罵倒され、婚約破棄を宣告される。代わりに聖女見習いであるイザベラと婚約し、彼女を聖女にすると宣言するが、イザベラには秘密があった。それは...
婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……
【完結】嫉妬深いと婚約破棄されましたが私に惚れ薬を飲ませたのはそもそも王子貴方ですよね?
砂礫レキ
恋愛
「お前のような嫉妬深い蛇のような女を妻にできるものか。婚約破棄だアイリスフィア!僕は聖女レノアと結婚する!」
「そんな!ジルク様、貴男に捨てられるぐらいなら死んだ方がましです!」
「ならば今すぐ死ね!お前など目障りだ!」
公爵令嬢アイリスフィアは泣き崩れ、そして聖女レノアは冷たい目で告げた。
「でもアイリ様を薬で洗脳したのはジルク王子貴男ですよね?」
婚約破棄されました。あとは知りません
天羽 尤
恋愛
聖ラクレット皇国は1000年の建国の時を迎えていた。
皇国はユーロ教という宗教を国教としており、ユーロ教は魔力含有量を特に秀でた者を巫女として、唯一神であるユーロの従者として大切に扱っていた。
聖ラクレット王国 第一子 クズレットは婚約発表の席でとんでもない事を告げたのだった。
「ラクレット王国 王太子 クズレットの名の下に 巫女:アコク レイン を国外追放とし、婚約を破棄する」
その時…
----------------------
初めての婚約破棄ざまぁものです。
---------------------------
お気に入り登録200突破ありがとうございます。
-------------------------------
【著作者:天羽尤】【無断転載禁止】【以下のサイトでのみ掲載を認めます。これ以外は無断転載です〔小説家になろう/カクヨム/アルファポリス/マグネット〕】
私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。
Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。
そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。
二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。
自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。
結局、私の言っていたことが正しかったようですね、元旦那様
新野乃花(大舟)
恋愛
ノレッジ伯爵は自身の妹セレスの事を溺愛するあまり、自身の婚約者であるマリアとの関係をおろそかにしてしまう。セレスもまたマリアに対する嫌がらせを繰り返し、その罪をすべてマリアに着せて楽しんでいた。そんなある日の事、マリアとの関係にしびれを切らしたノレッジはついにマリアとの婚約を破棄してしまう。その時、マリアからある言葉をかけられるのだが、負け惜しみに過ぎないと言ってその言葉を切り捨てる。それが後々、自分に跳ね返ってくるものとも知らず…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる