4 / 15
4.
しおりを挟む また数日後。アステルはヴェラの見舞いに病院へ足を運んだ。アステルが調合した薬がヴェラの体に合ったようで彼女の容態は少しずつではあるが確実に回復しているそうだ。どこか不安な気持ちを抱えながらアステルは静かに病室の前に立ち、護衛の騎士が見守る中、深呼吸を一つ。そしてドアをノックした。
「失礼します」
柔らかな声で告げながらドアがゆっくりと開き、アステルはそのまま中へと入る。
ヴェラはベッドに横たわり、しばらく目を閉じたままでいたがアステルが足音を立てずに近づくと、ゆっくりと目を開けた。
その瞬間、アステルの中で小さな驚きが駆け巡る。ヴェラの目には、以前感じた冷徹なものとは違う、それは感情が宿っているような、少し弱さを含んだ輝きが見えたからだ。
「……あ……あなたは……」
ヴェラがかすれた声で呟く。アステルは思わずその声に耳を傾けると、微笑みを浮かべて、優しく答える。
「アステルです。気分はどうですか?」
アステルの言葉に、ヴェラは少し驚いた様子を見せ、しかしすぐにそれを振り払うように首を横に振った。
「……良くなりました」
その言葉に、アステルはほっと胸を撫で下ろす。だが、すぐにヴェラは続けた。
「何故、私を助けたのですか?放っておけば、貴女の夫を奪おうとする女が一人消えたはずなのに」
その問いはどこか冷ややかでありながらも、心の奥底で疼く痛みが滲んでいた。
その言葉にアステルは一瞬黙ったが心の中で深く息を吐き、ヴェラの目をしっかりと見つめた。
「ヴェラさんがいなくなっても、また別の人が来るのでしょう?」
「はい」
アステルのその言葉にヴェラはゆっくりと頷く。そして、アステルはその言葉に心から納得した。無理もない。ダークエルフの里において、彼女達に必要なのは──男のダークエルフ、つまり使命を果たす者であり、ヴェラが果たせなかった役割を担う者がまた現れるだけ、ヴェラの代わりはいくらでもいる。
アステルは小さく息をつく。ヴェラ一人をどうにかしても、根本的な解決にはならない。シリウスが心配している通り、また別の者が現れ、同じことの繰り返しになる。
「家族を引き離すのは、我々が想像しているよりも辛いものなのですね」
その言葉は、かすかに自嘲を含んでいた。ヴェラは目を伏せ、過去の記憶に囚われるように呟く。
「父とはあまり会話をしたことがありません。母は私を産んですぐに亡くなってしまったので」
父は沢山の子供達の父親だったが妻の中にはお気に入りとそうでない者で差をつけていった。気に入った女の子供には愛情を注ぎ、そうでない女の子供には何もしない。
ヴェラは気に入られなかった女の子供だった。だからヴェラには家族が大切だと言われても理解ができなかった。彼女の自分の状況と向き合う姿はどこか哀しげだった。
その言葉にアステルは胸が痛むのを感じた。ヴェラに家族というものが、彼女にとってどれほど遠い存在であったのか、それが今、言葉となってアステルの耳に届く。
「……だから、家族が大切だと言われても、理解できませんでした」
ヴェラの瞳には、未だに冷徹さが残るが、そこに小さな陰りが見え隠れしている。それが彼女の孤独の証であり、過去の傷でもあるのだろう。
「私はどうすればいいのでしょうか?」
その時、ヴェラはふと顔を上げ、アステルに問いかけた。
孤独に押しつぶされそうなヴェラの心が今、初めて素直にアステルに助けを求めてきた。ずっと一人で悩み、迷ってきたのだろう。アステルはその気持ちを感じ取ることができた。
「私も一緒に考えます」
その言葉を聞いたヴェラは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。彼女の表情には、僅かながらも安堵の色が浮かんだ。
それからの日々、アステルは定期的に病院を訪れ、ヴェラと話を続けた。最初はぎこちなかった会話も、回を重ねるごとにヴェラの表情が柔らかくなり、彼女の心の重荷が少しずつ軽くなっていくのがわかった。
どんなに具体的な解決策が見つからなくても、二人で話すことがヴェラにとっては大きな支えとなった。
「失礼します」
柔らかな声で告げながらドアがゆっくりと開き、アステルはそのまま中へと入る。
ヴェラはベッドに横たわり、しばらく目を閉じたままでいたがアステルが足音を立てずに近づくと、ゆっくりと目を開けた。
その瞬間、アステルの中で小さな驚きが駆け巡る。ヴェラの目には、以前感じた冷徹なものとは違う、それは感情が宿っているような、少し弱さを含んだ輝きが見えたからだ。
「……あ……あなたは……」
ヴェラがかすれた声で呟く。アステルは思わずその声に耳を傾けると、微笑みを浮かべて、優しく答える。
「アステルです。気分はどうですか?」
アステルの言葉に、ヴェラは少し驚いた様子を見せ、しかしすぐにそれを振り払うように首を横に振った。
「……良くなりました」
その言葉に、アステルはほっと胸を撫で下ろす。だが、すぐにヴェラは続けた。
「何故、私を助けたのですか?放っておけば、貴女の夫を奪おうとする女が一人消えたはずなのに」
その問いはどこか冷ややかでありながらも、心の奥底で疼く痛みが滲んでいた。
その言葉にアステルは一瞬黙ったが心の中で深く息を吐き、ヴェラの目をしっかりと見つめた。
「ヴェラさんがいなくなっても、また別の人が来るのでしょう?」
「はい」
アステルのその言葉にヴェラはゆっくりと頷く。そして、アステルはその言葉に心から納得した。無理もない。ダークエルフの里において、彼女達に必要なのは──男のダークエルフ、つまり使命を果たす者であり、ヴェラが果たせなかった役割を担う者がまた現れるだけ、ヴェラの代わりはいくらでもいる。
アステルは小さく息をつく。ヴェラ一人をどうにかしても、根本的な解決にはならない。シリウスが心配している通り、また別の者が現れ、同じことの繰り返しになる。
「家族を引き離すのは、我々が想像しているよりも辛いものなのですね」
その言葉は、かすかに自嘲を含んでいた。ヴェラは目を伏せ、過去の記憶に囚われるように呟く。
「父とはあまり会話をしたことがありません。母は私を産んですぐに亡くなってしまったので」
父は沢山の子供達の父親だったが妻の中にはお気に入りとそうでない者で差をつけていった。気に入った女の子供には愛情を注ぎ、そうでない女の子供には何もしない。
ヴェラは気に入られなかった女の子供だった。だからヴェラには家族が大切だと言われても理解ができなかった。彼女の自分の状況と向き合う姿はどこか哀しげだった。
その言葉にアステルは胸が痛むのを感じた。ヴェラに家族というものが、彼女にとってどれほど遠い存在であったのか、それが今、言葉となってアステルの耳に届く。
「……だから、家族が大切だと言われても、理解できませんでした」
ヴェラの瞳には、未だに冷徹さが残るが、そこに小さな陰りが見え隠れしている。それが彼女の孤独の証であり、過去の傷でもあるのだろう。
「私はどうすればいいのでしょうか?」
その時、ヴェラはふと顔を上げ、アステルに問いかけた。
孤独に押しつぶされそうなヴェラの心が今、初めて素直にアステルに助けを求めてきた。ずっと一人で悩み、迷ってきたのだろう。アステルはその気持ちを感じ取ることができた。
「私も一緒に考えます」
その言葉を聞いたヴェラは少し驚いたように目を見開き、そしてすぐに小さく頷いた。彼女の表情には、僅かながらも安堵の色が浮かんだ。
それからの日々、アステルは定期的に病院を訪れ、ヴェラと話を続けた。最初はぎこちなかった会話も、回を重ねるごとにヴェラの表情が柔らかくなり、彼女の心の重荷が少しずつ軽くなっていくのがわかった。
どんなに具体的な解決策が見つからなくても、二人で話すことがヴェラにとっては大きな支えとなった。
0
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私がいなくなって幸せですか?
新野乃花(大舟)
恋愛
カサル男爵はエレーナと婚約関係を持っていながら、自身の妹であるセレスの事を優先的に溺愛していた。そんなある日、カサルはあるきっかけから、エレーナに自分の元を出ていってほしいという言葉をつぶやく。それが巡り巡ってエレーナ本人の耳に入ることとなり、エレーナはそのまま家出してしまう。最初こそ喜んでいたカサルだったものの、彼女がいなくなったことによる代償を後々知って大きく後悔することとなり…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚姻破棄された私は第一王子にめとられる。
さくしゃ
恋愛
「エルナ・シュバイツ! 貴様との婚姻を破棄する!」
突然言い渡された夫ーーヴァス・シュバイツ侯爵からの離縁要求。
彼との間にもうけた息子ーーウィリアムは2歳を迎えたばかり。
そんな私とウィリアムを嘲笑うヴァスと彼の側室であるヒメル。
しかし、いつかこんな日が来るであろう事を予感していたエルナはウィリアムに別れを告げて屋敷を出て行こうとするが、そんなエルナに向かって「行かないで」と泣き叫ぶウィリアム。
(私と一緒に連れて行ったら絶対にしなくて良い苦労をさせてしまう)
ドレスの裾を握りしめ、歩みを進めるエルナだったが……
「その耳障りな物も一緒に摘み出せ。耳障りで仕方ない」
我が子に対しても容赦のないヴァス。
その後もウィリアムについて罵詈雑言を浴びせ続ける。
悔しい……言い返そうとするが、言葉が喉で詰まりうまく発せられず涙を流すエルナ。そんな彼女を心配してなくウィリアム。
ヴァスに長年付き従う家老も見ていられず顔を逸らす。
誰も止めるものはおらず、ただただ罵詈雑言に耐えるエルナ達のもとに救いの手が差し伸べられる。
「もう大丈夫」
その人物は幼馴染で6年ぶりの再会となるオーフェン王国第一王子ーーゼルリス・オーフェンその人だった。
婚姻破棄をきっかけに始まるエルナとゼルリスによるラブストーリー。
公爵家令嬢と婚約者の憂鬱なる往復書簡
西藤島 みや
恋愛
「パルマローザ!私との婚約は破棄してくれ」
「却下です。正式な手順を踏んでくださいませ」
から始まる、二人のやりとりと、淡々と流れる季節。
ちょっと箸休め的に書いたものです。
3月29日、名称の揺れを訂正しました。王→皇帝などです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】御令嬢、あなたが私の本命です!
やまぐちこはる
恋愛
アルストロ王国では成人とともに結婚することが慣例、そして王太子に選ばれるための最低の条件だが、三人いる王子のうち最有力候補の第一王子エルロールはじきに19歳になるのに、まったく女性に興味がない。
焦る側近や王妃。
そんな中、視察先で一目惚れしたのは王族に迎えることはできない身分の男爵令嬢で。
優秀なのに奥手の拗らせ王子の恋を叶えようと、王子とその側近が奮闘する。
=========================
※完結にあたり、外伝にまとめていた
リリアンジェラ編を分離しました。
お立ち寄りありがとうございます。
くすりと笑いながら軽く読める作品・・
のつもりです。
どうぞよろしくおねがいします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?
瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」
婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。
部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。
フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。
ざまぁなしのハッピーエンド!
※8/6 16:10で完結しました。
※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。
※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
選ばれるのは自分だと確信している妹。しかし第一王子様が選んだ相手は…
新野乃花(大舟)
恋愛
姉妹であるエミリアとリリナ、しかしその仲は決していいと言えるものではなかった。妹のリリナはずる賢く、姉のエミリアの事を悪者に仕立て上げて自分を可愛く見せる事に必死になっており、二人の両親もまたそんなリリナに味方をし、エミリアの事を冷遇していた。そんなある日の事、二人のもとにルノー第一王子からの招待状が届けられる。これは自分に対する好意に違いないと確信したリリナは有頂天になり、それまで以上にエミリアの事を攻撃し始める。…しかし、ルノー第一王子がその心に決めていたのはリリナではなく、エミリアなのだった…!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
第一王子様は妹の事しか見えていないようなので、婚約破棄でも構いませんよ?
新野乃花(大舟)
恋愛
ルメル第一王子は貴族令嬢のサテラとの婚約を果たしていたが、彼は自身の妹であるシンシアの事を盲目的に溺愛していた。それゆえに、シンシアがサテラからいじめられたという話をでっちあげてはルメルに泣きつき、ルメルはサテラの事を叱責するという日々が続いていた。そんなある日、ついにルメルはサテラの事を婚約破棄の上で追放することを決意する。それが自分の王国を崩壊させる第一歩になるとも知らず…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる