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26.水に流して

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「そちらにとっても、別に悪い話という訳でもないはずだ。自身の身の安全の代わりに、アルティリア嬢もブレットン氏も口を割らない。あなたの筋書き通りに、ことは進む」
「その二人が話さないという保証が、こちらにはないのです」
「話そうとした場合、グライム辺境伯家も二人の敵になるというだけです。このことが公になったら、こちらも困りますからね」
「それは……」

 ギーゼル様は、私に対して鋭い視線を向けていた。
 一応、そういう振りをしておかなければならないということだろう。いや、彼の場合は本気という可能性もある。
 彼はグライム辺境伯の意思に従っているというだけで、私やブレットンさんに本当に思い入れがあるという訳でもない。これは本当に忠告ということだろうか。

 ただ、私もブレットンさんもこの話を持ち掛ける以上、情報を外部に漏らすつもりなどはない。
 そのようなことをしても、命を危機に晒すだけだ。私とブレットンさんが二人でいくら何を言った所で、アンデルト伯爵家やグライム辺境伯は捻り潰すことができる。勝ち目のない戦いなど、するべきではない。とにかく身の安全を優先するのだ。

「二人はこちらの監視下に置く。その点においては、グライム辺境伯家を信じてもらいたいものだ。我々は優しいだけではありません。あくまで最優先は、家です。そのことは、あなたもよくわかっているのではありませんか?」
「……この契約そのものが、グライム辺境伯家の汚点という訳ですか」
「わかっていただけましたか?」
「こちらとしても、命を奪うという方法は積極的に取りたいものではありません。色々と面倒ですからね。とはいえ、飼い慣らす義理もないですけれど……」

 アンデルト伯爵夫人は、目を細めて私に視線を向けてきた。
 彼女のその視線からは、私に対する敵意が伝わって来る。口では色々と言っているが、本当は始末したいと思っているのだろう。
 彼女は、妾の子である私の母親を演じさせられた。そのことは不服で仕方なかったのだろう。私に対して、多大な怒りを向けているのだ。

 その気持ちについて、完全に理解できないという訳でもない。
 ただ、私の中には最早彼女に対する同情などという気持ちはなくなっている。そういう気持ちを抱くことができない程に、彼女からはひどい扱いを受けてきたからだ。

 しかし、それらのことは今回はお互いに水を流すべきだろう。
 私はもうアンデルト伯爵家と関わるつもりはない。このまま彼女とは別れてもう二度と会わないのだから、怒りなんてものは持ち越すべきではないだろう。
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