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2.父親からの叱責

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「……うん?」

 婚約破棄された私は、ベンゼル伯爵家の屋敷を後にしようとしていた。
 しかし、足を止めることになった。鋭い音が、屋敷の中に響いてきたからである。
 それと同時に、誰かの怒号と悲鳴も聞こえてきた。中々に気になることであるため、私は周囲の様子を少し伺ってみる。

「お前は、なんということをしたのだ! この馬鹿者がっ!」

 少し歩いてみると、声が聞こえてきた。
 その声には聞き覚えがある。これはベンゼル伯爵の声だ。
 声をかけている対象は、なんとなく想像することができる。恐らくバルドン様だろう。彼は婚約破棄したことを、当然といえば当然だが、咎められているのかもしれない。

「父上、僕は謝った判断をしたとは思っていません! あのアルティリアとかいう令嬢は、このベンゼル伯爵家を陥れかねない女です。あの女にこの伯爵家が支配されても良いと、父上はお考えなのですか!」
「ベンゼル伯爵家を陥れているのはお前だ、バルドン。以前から、お前の身勝手な行いについては、気になっていた。注意もしてきた。しかしどうやら、それはまったく持って無意味だったようだな」

 ベンゼル伯爵は、バルドン様に対してかなり怒っているようだった。
 それは、今回の件に関する怒りだけではないような気がする。積もりに積もったものが、彼の中にはありそうだ。

「父上はそうやって、いつも僕のことを認めない。何故ですか? この僕程に優秀な人間などそういないでしょう」
「バルドン、お前は自分の力を過信しているようだな。言っておくが、お前などはこのベンゼル伯爵家の肩書きがなければ取るに足らない人間だ。私だってそうだ。そんな我々が何故、上に立っていられるかわかるか?」
「神に選ばれた者だからに決まっているでしょう!」
「違う。我々は民に守られているのだ。お前はいつも下の者を見下す。自分よりも弱いものに牙を向けることが、どれだけ愚かしいことか。ついぞ、理解できなかったようだな」

 ベンゼル伯爵の言葉からは、深い失望が伝わってきた。
 息子であるバルドン様に期待していたのだろう。だが彼は、後継者として相応しくなかったのだ。その資質が、著しく欠けていたのだ。

「アルティリア嬢の言葉に耳を傾けていれば、お前も変わることができただろうな。しかしだ、これ以上お前をこのベンゼル伯爵家の時期当主としておく訳にはいかない」
「父上、何を言っているのですか?」
「後を継ぐのはビクトールだ。初めからそうしていれば良かったな。私も愚かだったといえる」
「なっ!」

 バルドン様は、ベンゼル伯爵の言葉にかなり驚いているようだった。
 彼は何も理解していないということだろうか。最後まで自分が選ばれし者であると思っていたというなら、なんとも愚かなものである。
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