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3.疲れている夫

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 舞踏会からの帰り道、私の夫は馬車の中で天を仰いでいた。
 彼はひどく疲れた様子である。私もそれなりに疲労しているが、彼の疲れは私よりも遥かに大きそうだ。

「……大丈夫ですか?」
「む……」
「かなり疲れている様子ですが」
「……まあ、疲れていないと言ったら嘘になるか」

 私とアルフェルグ様は、普段それ程会話をする訳ではない。
 屋敷の中ではほとんど顔を合わせないし、食事も別々なくらいだ。
 時々する会話といったら、打ち合わせくらいだろうか。口裏を合わせなければならないことも多々あるため、その会話は必須だ。

 そのため、このようなに話しかけるのは珍しいことではある。
 ただ、目の前でひどく疲れた様子の夫には声の一つもかけたくなるのが、人情というものだ。
 割り切った関係でも、それくらいはいいだろう。そう思って、私は色々と聞いてみることにした。

「ああいう場は苦手ですか?」
「……苦手だな。俺はまだ、ああいう場に慣れていない」

 幸いにも、アルフェルグ様は会話に応じてくれた。
 彼の言い分は、理解することができる。妾の子である彼は、社交界の経験が乏しくて当然だ。
 というか、それを理解できなかった自分が恥ずかしいくらいである。

「そうですよね……でも、よくできていると私は思いますよ。アルフェルグ様は、社交界でも評判の紳士ですから」
「……それは君のおかげだろう。君の助けがなければ、俺の化けの皮なんてとうに剥がれているだろうさ」
「そんなことはないと思いますが……」

 実際の所、アルフェルグ様の立ち振る舞いというものは、そこらの普通の貴族達よりも、優れたものだった。
 彼の立ち振る舞いは気品に溢れているし、華やかだ。見る者を虜にする不思議な魅力がある。それはもしかしたら、天性のものなのかもしれない。

「しかし、仮によくできているとしても、俺はああいう場を好ましくは思えない。君と結婚してからもう二年にもなるというのに、未だに慣れないものだな……」
「……一つ勘違いしているようですが、別に私もああいった場が好きという訳ではありませんよ」
「何?」
「人の顔色を窺わざるを得ない場所ですからね。好きになれるはずがありません。まあ、私は幼少期の頃から経験していますから、アルフェルグ様よりは耐性があるのでしょうけれど」

 私の言葉に対して、アルフェルグ様は目を丸めていた。
 そんな風な表情をする彼を見るのは、思えば初めてのことかもしれない。
 そう思ったら、自然と笑みを浮かべてしまった。なんというか、私達にしては珍しく和やかな一時だった。
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