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92.覚悟をして

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「兄上、僕は覚悟してここに来ています。僕をあまり見くびらないでいただきたい」
「ほう……」

 マグナード様は、兄であるベルダー様に対して鋭い視線を向けていた。
 その気迫は、ベルダー様にも引けを取らない。先程まで押されていた彼とは、大違いだ。

「なるほど、やっといい目をするようになってきた。それだけ、イルリア嬢の名前を出したことが効いたということか……」
「それは……」
「おっと、そういえばお前にまだ聞いていなかったな。そこにいるイルリア嬢のどこに、お前は惹かれたのだ? 純粋に興味がある」

 そこでベルダー様は、私にしたのと同じような質問をした。
 ただ、その質問は私にしたものとは少し異なっているような気がする。
 口では純粋な興味だと言っているが、恐らくはそうではないだろう。きっとその質問にも、マグナード様の覚悟を試す何かがあるはずだ。

「……イルリア嬢は、とても真っ直ぐな女性です。様々な困難の中でも、強く生きる彼女の生き様に、僕は惹かれているのです」
「ほう、イルリア嬢は強い女性であるということか。それについては、否定しようとは思わない。お前が関わった事件は俺も知っている。その中でも彼女は、強かに生きてきた。それは俺でもわかることだ」

 マグナード様からの賞賛の言葉に、私は嬉しさを覚えていた。ベルダー様も乗ってくれているし、正直気分がいい。
 ただ、今私が喜ぶ訳にはいかないので、成り行きを見守ることにする。二人の兄弟が、目を合わせて真剣に話し合っているのだ。邪魔をするつもりはない。

「そのイルリア嬢に、お前は見合っているのか? 俺はそれについて、疑問を抱いている」
「それは……」
「お前は冷静に見て、短絡的な部分がある。それをお前は、抑えることができるのか?」
「……」

 ベルダー様が指摘したのは、マグナード様の負の面についてであった。
 それについては、本人も自覚していたことである。痛い面を突かれたということだろうか。マグナード様は俯いている。

 そんな彼を見て、私は自らの考えを一瞬で覆した。
 喜んだりして、ベルダー様の作戦に水を差すことはしない。だがよく考えてみれば、これはマグナード様だけの問題ではないのだ。私も関係しているのだから、その関係している分だけ、口を出す権利はある。

「ベルダー様、それは違います」
「イルリア嬢……?」
「む……」

 私は、ゆっくりと声を出した。
 すると、二人の視線がこちらに向く。ベルダー様も含めて、私が口を出すことは、予想していなかったようだ。
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