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32.滑稽な様

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「少しいいでしょうか?」

 放課後、私はナルネア嬢に話しかけられていた。
 彼女は、柔和な笑みを浮かべている。しかしいつも通り、目が笑っていない。
 どうしてそんな顔をして話しかけてきたのかは、わかっている。私がマグナード様と、今日一日親しくしていたからだろう。

「……なんでしょうか?」
「わかっていないはずがありませんよね? あなただって、自覚していることでしょう」
「それは……」
「まったく、どうして私の言うことが聞いていただけないのでしょうか? お願いさえ聞いていただければ、こちらからは何もしないというのに……」

 ナルネア嬢は、忌々しそうにそう言った。
 ただ、私はマグナード様から聞いている。私が大人しくしていても、ナルネア嬢は何かしらのちょっかいをかけるつもりだったということを。

 マグナード様はナルネア嬢のことを少しだけ調べたようだが、彼女の人間性というものは思っていた以上に最低なものだったらしい。
 立場の弱い者をなじり楽しむ。それがナルネア嬢という人間だ。

 彼女は多くの取り巻きを連れているが、その中で本当にナルネア嬢を慕っているのは、恐らく少数だろう。
 自分が標的にならないために、彼女に従っている。そういう人も多そうだ。

「……まあ、とりあえずついて来てください」
「えっと……」
「ついて来い、と言っているのです。あなたに拒否する権利があると思っているのですか?」

 ナルネア嬢は、有無も言わさず私を連れて行くつもりだった。
 しかし私は、その場を動かない。敢えて動かないようにしている。ナルネア嬢の神経を逆撫でしておきたいのだ。

 それは、マグナード様と一緒に立てた作戦だった。
 彼女が冷静に物事を考えてしまえば、マグナード様の作戦が破綻する可能性がある。そのため、彼女には怒っていてもらわなければならないのだ。

 それによって、私が彼女からの怒りを一身に引き受けることになることについて、マグナード様は心配してくれていた。
 ただ、実際に怒りを受けても、私はちっとも怯んでいなかった。この後のことを考えると、なんだかナルネア嬢が滑稽に思えていたからだ。

「言っておきますが、子爵家なんて侯爵家の力を使えば、一捻りできるのですからね? 大人しくついてきた方がいいですよ? 家族に迷惑をかけたくなければ」
「……」

 ちなみにナルネア嬢は、実家ではそれ程強い立場という訳でもないらしい。
 少なくとも、彼女の父親であるオルガー侯爵は、娘に懇願されたからといって、他家を滅ぼしたりするような人ではないそうだ。
 つまりナルネア嬢は、虎の威を借る狐のように威張り散らしているともいえる。そう考えて、私は彼女のことを本当に哀れに思っていた。
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