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3.見抜かれた本性

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 エムリーの婚約が決まってから、私は比較的穏やかな生活を送れるようになっていた。
 その理由は単純で、エムリーが大人しくしているからだ。
 流石の彼女も、自身の野望が潰えたことを悟ったということだろうか。とにかく彼女は、以前までの覇気を失っている。

「あら?」

 そんな風にある程度平和な日常を送っていた私は、廊下を歩いていたとある人物を見つけた。
 その人物とは、知り合いという訳ではない。ただ立場上、顔を合わせたら話しかけなければならない人である。

「アルバルト様」
「おや、あなたは……」

 私が話しかけると、アルバルト様は驚いたような顔をした。
 ということは、彼の方は私に気付いていなかったということだろう。
 それなら話しかけなくても、良かったのかもしれない。彼の方から話しかけてくるのを待った方が良かったのだろうか。その辺りの判断は、微妙な所である。

「あなたは、イルリア嬢ですか……」
「ええ、エムリーの姉のイルリア・ルヴィードです。正式な挨拶は後日また場が設けられるはずですが、あなたには挨拶をしておかなければならないと思いまして」
「なるほど、それはそうですよね。すみません、少しぼうっとしていたもので」

 妹の婚約者であるアルバルト様は、浮かない顔をしていた。
 何か嫌なことでもあったのだろうか。もしかしたら申し訳ないことをしてしまったかもしれない。話しかけるべき時ではなかったということだろうか。

「そしてもう一つ、あなたに謝らなければならないことがあります。実の所、僕はもうあなたが挨拶する必要がある人物ではないのです」
「え?」
「つい先程、エムリー嬢とは婚約破棄しました。こちらの都合で振り回すのは申し訳ない限りではありますが……」
「なんですって?」

 アルバルト様は、驚くべきことを言ってきた。
 妹と婚約破棄した。その事実に、私は思わず変な声を出してしまっている。
 だが、こういう時こそ冷静にならなければならない。そう思って、私は一度深呼吸する。とにかく落ち着きたかったからだ。

「アルバルト様、それはどういうことですか?」
「エムリー嬢には、正直付き合えません。表面上彼女は良き令嬢を演じていますが、その中身には大きな闇がある。まあそれは、あなたが誰よりもわかっているのでしょうが……」
「それは……」

 私に対して、アルバルト様は少し同情的な視線を向けてきた。
 それはつまり、エムリーの数々の所業を知ったということだろうか。確かに、それなら婚約破棄も納得できない訳ではない。
 アルバルト様の心は折れてしまったのだ。あのエムリーの果てしない欲望に触れたことによって。
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