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13.ぼろが出ないように

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「さてと、お母様はまっさらな状態である訳ですから、まずはきちんと自己紹介をするべきでしょうね」
「あ、ええ、そうしてもらえると助かるわ」

 自分の中で割り切ることができたのか、アトラはとても晴れやかな表情をしていた。態度もかなり軟化しているような気がする。
 それは、私にとってはありがたいことだ。距離感が離れたように感じてしまう面もあるが、実際に私と彼女は知り合ったばかりなので、それは仕方ない。

「私の名前は、アトラといいます。ウォルマー侯爵の一人娘で、年は八歳です」
「ええ、その辺りは知っているわ」
「好きな食べ物はグラタン、好きな色は赤、好きな動物は猫です」
「そうなのね……」

 アトラは、私の目を真っ直ぐに見て自己紹介をしてくれた。
 内容は可愛らしいものだが、八歳にしてはしっかりとしている喋りだ。その辺りからは、侯爵令嬢としての気品が伝わってくる。

「……アトラは、猫派なのね?」
「え? ええ、そうですけれど」
「私はどちらかというと、犬派なのだけれど、そういう所はオルドア様に似たのかしら?」
「犬派?」

 私は、適当に会話を広げてみようと思った。
 打ち解けるためにも、そういったことは大切であるだろう。そう判断してのことだったが、アトラは怪訝な顔をしている。

「お母様も、猫の方が好きだと聞いたことがありますが……」
「そ、そうだったの?」
「ええ、お父様は犬の方が好きだと言っていました。だから、私の動物に対する趣向はお母様譲りであるらしいのですけれど」
「な、なるほど……」

 アトラの言葉によって、私は墓穴を掘ったということを理解した。
 完全に私のままに言葉を発するべきではなかったのだろう。今の私はペトラである。それは頭の片隅で、常に考えておかなければならないことだったのだ。

「記憶喪失になると、そういった趣向も変わるのですか?」
「えっと、どうなのかしら? その辺りについて、お医者様からは何も言われていないけれど……」
「不思議ですね……まるで、中身が変わったみたいです」

 アトラは割と核心をついていた。
 実際の所、私はペトラではない。少なくとも、私自身はそう思っている。
 しかし、それはばれたらまずいことだ。ここはとにかく、誤魔化さなければならない。

「まあ、記憶喪失というのは色々と不思議なものみたいだし、そういうこともあるのかしらね? 私自身にも、よくわからないのだけれど……」
「……そうですね。お母様に聞いたって、仕方ないことですよね。すみません」
「いえ、気にしなくていいわ」

 私の誤魔化しに、アトラはとりあえず納得してくれたようだった。
 そのことに、私は安心する。何がきっかけでぼろが出るかわからないのだから、これからは気を付けるとしよう。
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