何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

木山楽斗

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31.男爵家の様子

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 私とソルーガは、ディルギン氏とともにステイリオ男爵の屋敷に来ていた。
 夫妻がともに失踪する。その珍事に男爵家はかなり荒れているらしく、騒がしい様子だ。

「ディルギン様、ようこそおいでくださいました」
「パリドットさん、こんにちは。早速で悪いのですが、お話を伺えますか?」
「ええ、もちろんです」

 客室に案内された私達は、パリドットさんという執事から話を聞くことになった。
 彼は、男爵夫人の失踪についてディルギン氏に相談した張本人であるそうだ。

「つい先日のことです。私は日課として毎朝男爵の部屋を訪ねることになっていました。ステイリオ男爵は真面目な方ですから、寝坊しないように部屋に来て欲しいと言われていたのです」
「なるほど、それであなたはその朝もいつも通り男爵の部屋を訪ねたのですね?」
「ええ、男爵は大抵いつも私が訪ねる時には目を覚ましています。私は保険のようなものだったのでしょう。いつも自分で起きられていたのです。しかし、その日は部屋から返事が返ってこなかったのです。珍しいと思いつつ、私は戸を開きました。起きていない時はそうするように言付かっていたからです。部屋の中に入った私は驚くことになりました。誰もいなかったからです」

 パリドットさんは、少し興奮気味に話をしていた。
 自分がいつも通り訪ねたら、男爵がいなかった。その事実は、確かに非日常的なものであるだろう。
 だが、少し違和感もあった。自分の主人が失踪した話を語るにしては、少し悲しみといった感情が読み取れないのだ。

「私は、すぐに屋敷中の使用人を集めて、男爵を探しました。ですが、男爵はまったく見つからなかったのです」
「この屋敷の中は、くまなく探したのですか?」
「ええ、それはもちろんです。さらに、屋敷の周辺も調べました。しかしながら、男爵はいなかったのです。彼は、一晩の内に消えてしまったのです」
「そうですか……」

 ディルギン氏は、口の端を一瞬歪めた。それは、この事件のことを面白いと思ったからだろうか。
 確かに、これは興味深い事件ではある。だが、流石に依頼人の前でそんな表情をするのはどうなのだろうか。
 そんなことを思っていると、ディルギン氏は真剣な表情になった。何かを考えているようである。

「……パリドットさん、警察にはこのことは知らせていないのですか?」
「……ええ、男爵から奥様のことはあまり騒ぎを大きくしたくないと言付かっていましたから、今回のことに関しても知らせるべきかどうか判断に困っているのです」
「流石に、知らせた方がいいのではないでしょうか? 男爵家のスキャンダルになるとはいっても、人命が脅かされているかもしれない訳ですし」

 黙ってしまったディルギン氏に代わって、私はパリドットさんに質問してみた。
 今回の事件は、それなりに大きな事件である。ディルギン氏は優秀な探偵なのかもしれないが、流石に警察に相談するべき事柄ではないだろうか。

「そうですね……それも考えるべきかもしれません」

 私の言葉に対して、パリドットさんはゆっくりと頷いた。
 それは、あまりいい返事であるようには思えなかった。なんというか、彼は警察への相談を拒んでいるように感じられる。
 いくら主人から言われていても、ここまでそれを拒否するのだろうか。私は、執事のおかしな態度に疑念を覚えるのだった。
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