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5.心境の変化
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なんとか依頼を受けてもらった私は、エントアー公爵家の屋敷に戻って来ていた。
ここには、私とラウグス様が暮らしている。他は、使用人しかいない。
「……」
だが、私は違和感を覚えていた。
なんとなく、屋敷内の空気感がいつもと違うのだ。
この張り詰めた空気は、普通ではない。誰か客人が来ていると考えるべきだろうか。
「……客人ね」
「奥様、申し訳ありませんが、少しよろしいでしょうか?」
「あら?」
自室にて休んでいる私の部屋に、使用人が訪ねて来た。
この声は、メイドのオルメアの声である。
彼女は、私がこちらの屋敷で一番親しくしているメイドだ。
私の身の周りの世話を担当している彼女とは不思議と気が合い、信頼できるメイドだと思っている。
ただ、彼女は所詮どこまでいっても、エントアー公爵家側の人間だ。
彼女は恐らく、ラウグス様の秘め事を知っているだろう。それでも、そのことを私には言わないことが、彼女の線引きを表している。
「入ってちょうだい」
「失礼します」
部屋の中に、オルメアはゆっくりと入って来た。
彼女の表情は、少し固い。ただ、それはいつも通りのことだ。彼女は、表情が乏しい人なのである。
「……あら」
しかし、私はすぐにその認識が誤っていることに気がついた。
彼女の表情は、いつもと違うものだったのだ。なんというか、少し暗い顔をしているような気がする。
「……何かあったのかしら?」
「奥様、私は今まで奥様に隠し事をしていました。まずはそれを謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
「……内容もわからないのに謝られても、困ってしまうわ。一体、何があったの?」
「その……」
オルメアの謝罪に対して、私は少し動揺していた。
まさか、彼女がそんなことを言ってくるなんて思ってもいなかったからだ。
その内容は、わかっている。まず間違いなく、ラウグス様の浮気のことだろう。
ただ、それを私に話すというのは、エントアー公爵家への裏切りにあたる。
彼女は、忠実なメイドだ。そんな彼女が、真の主人であるラウグス様のことを語るというのは、彼女が優秀であるからこそ信じられないことである。
「奥様、実は……」
「ラウグス様のことかしら?」
「えっと……」
「彼の秘め事を私は知っているわ。その反応を見るに、それをあなたもわかっていたようね?」
「……はい」
オルメアがどこまで理解しているのか、私は知らなかった。
だが、私が気づいていることにも彼女は気づいていたようだ。
それでも何も言わずに私に付き従っていた。それは、メイドとしての任務に忠実だったからだったのだろう。
それを話すことにしたということは、何か心境に変化があったということだろうか。
「あなたがそれを話すなんて、驚きね……何か心境に変化でもあったのかしら?」
「……使用人として、主には忠実であるべきだと私は思っていました。しかし、最近のラウグス様の行動を見ていると、そう思えなくなってきたのです」
「そう……」
オルメアの行動原理は、私と少し似ていた。
私も、ラウグス様の行動が大胆になったからこそ、行動を開始することを決めたからだ。
「それで、兄と相談して、全てを打ち明けることに決めたのです」
「兄……そういえば、あなたのお兄様も使用人として働いているのだったわね」
「ええ……兄も、ラウグス様の過ちは把握していたらしく、色々と悩んでいたようです」
「そう……」
ラウグス様の行動は、周りの人々にかなりの影響を与えていたようである。
オルメアもその兄も、とても心を痛めていたのだろう。その所作から、それが伝わってくる。
こんなことなら、もっと早く行動を開始すればよかった。
私は少しだけそんな後悔をするのだった。
ここには、私とラウグス様が暮らしている。他は、使用人しかいない。
「……」
だが、私は違和感を覚えていた。
なんとなく、屋敷内の空気感がいつもと違うのだ。
この張り詰めた空気は、普通ではない。誰か客人が来ていると考えるべきだろうか。
「……客人ね」
「奥様、申し訳ありませんが、少しよろしいでしょうか?」
「あら?」
自室にて休んでいる私の部屋に、使用人が訪ねて来た。
この声は、メイドのオルメアの声である。
彼女は、私がこちらの屋敷で一番親しくしているメイドだ。
私の身の周りの世話を担当している彼女とは不思議と気が合い、信頼できるメイドだと思っている。
ただ、彼女は所詮どこまでいっても、エントアー公爵家側の人間だ。
彼女は恐らく、ラウグス様の秘め事を知っているだろう。それでも、そのことを私には言わないことが、彼女の線引きを表している。
「入ってちょうだい」
「失礼します」
部屋の中に、オルメアはゆっくりと入って来た。
彼女の表情は、少し固い。ただ、それはいつも通りのことだ。彼女は、表情が乏しい人なのである。
「……あら」
しかし、私はすぐにその認識が誤っていることに気がついた。
彼女の表情は、いつもと違うものだったのだ。なんというか、少し暗い顔をしているような気がする。
「……何かあったのかしら?」
「奥様、私は今まで奥様に隠し事をしていました。まずはそれを謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
「……内容もわからないのに謝られても、困ってしまうわ。一体、何があったの?」
「その……」
オルメアの謝罪に対して、私は少し動揺していた。
まさか、彼女がそんなことを言ってくるなんて思ってもいなかったからだ。
その内容は、わかっている。まず間違いなく、ラウグス様の浮気のことだろう。
ただ、それを私に話すというのは、エントアー公爵家への裏切りにあたる。
彼女は、忠実なメイドだ。そんな彼女が、真の主人であるラウグス様のことを語るというのは、彼女が優秀であるからこそ信じられないことである。
「奥様、実は……」
「ラウグス様のことかしら?」
「えっと……」
「彼の秘め事を私は知っているわ。その反応を見るに、それをあなたもわかっていたようね?」
「……はい」
オルメアがどこまで理解しているのか、私は知らなかった。
だが、私が気づいていることにも彼女は気づいていたようだ。
それでも何も言わずに私に付き従っていた。それは、メイドとしての任務に忠実だったからだったのだろう。
それを話すことにしたということは、何か心境に変化があったということだろうか。
「あなたがそれを話すなんて、驚きね……何か心境に変化でもあったのかしら?」
「……使用人として、主には忠実であるべきだと私は思っていました。しかし、最近のラウグス様の行動を見ていると、そう思えなくなってきたのです」
「そう……」
オルメアの行動原理は、私と少し似ていた。
私も、ラウグス様の行動が大胆になったからこそ、行動を開始することを決めたからだ。
「それで、兄と相談して、全てを打ち明けることに決めたのです」
「兄……そういえば、あなたのお兄様も使用人として働いているのだったわね」
「ええ……兄も、ラウグス様の過ちは把握していたらしく、色々と悩んでいたようです」
「そう……」
ラウグス様の行動は、周りの人々にかなりの影響を与えていたようである。
オルメアもその兄も、とても心を痛めていたのだろう。その所作から、それが伝わってくる。
こんなことなら、もっと早く行動を開始すればよかった。
私は少しだけそんな後悔をするのだった。
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