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2.使用人の迷い(ウォルリッド視点)

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 主であるラウグス様の浮気に最初に気付いたのは、彼の着ていた服を洗濯しようとしている時のことだった。
 服から香るその香水の匂いは、馴染みのないものだった。明らかに、不自然なその香りに僕は首を傾げることになったのだ。

「……どう考えても、おかしい」

 僕とラウグス様とは、幼い頃からの付き合いである。
 エントアー公爵家に代々仕える家に生まれた僕は、幼少期の頃から使用人としてのいろはを叩きこまれた。
 そんな僕のことをラウグス様は信頼してくれていた。主従の関係ではあるが、時には兄弟のような絆を感じながら、僕は彼と過ごしてきたのである。

「これは、一体……」

 当然、僕もラウグス様のことは信頼していた。
 彼程誠実な貴族も早々いない。そう思っていた程である。

 しかし、実際に僕の周りで起こった状況を整理すると、それは彼に不誠実の可能性があることを表していた。
 彼には婚約者がいる。そのセリネア様とは明らかに異なる香りが色濃く残っている服を見ながら、僕は頭を抱えることになった。

 何かの間違いであって欲しい。強くそう思った。
 別に、服から香水の匂いがした所で、それは不誠実の証拠にはならない。

 そう思いながらも、僕は思い出していた。
 最近、彼には奇妙な外出が多いということに。

「……確かめなければならない」

 使用人であった父や祖父から、僕は色々なことを学んできた。
 主人の命令に従うことが使用人の役目だ。だが、主人の間違いを正すのもまた使用人の役目である。
 それは、父や祖父が何度も言い聞かせてくれた言葉だ。

 それを実行することになる機会なんて、来ないのではないかと思っていた。
 だが、もしかしたら今がその時なのかもしれない。
 そう思いながら、僕は自分を奮い立たせた。
 こうして、僕は主人であり、同時に兄弟や友人ともいえる人の元に向かったのである。



◇◇◇



「ウォルリッド、このことはどうかお前の胸の中に留めておいてくれないか?」
「ラウグス様……」

 僕の質問に、ラウグス様は思っていたよりも簡単に答えてくれた。
 自分が、アルトア・トゥマーリン伯爵令嬢と関係を持っている。僕の前で彼は、はっきりとそう言ってきたのである。

 そのすぐに後に、彼はこんなことを言い始めたのだ。
 浮気していることを胸の中に留めておいて欲しい。それは、なんともひどい頼みである。

「罪深いことをしていることはわかっている……だが、俺は彼女のことを愛しているんだ。愛してしまったんだ……」

 ラウグス様の言葉に、僕は固まっていた。
 敬愛していた人に裏切られた悲しみは、僕の体から力を奪っていったのだ。

「もちろん、決着はつけるつもりだ……どうなるかはわからない。だが、このままにしておくつもりはない。その時が来れば、俺もこの罪は必ず償う」
「し、しかし……」
「それまでの間だけでいいんだ。黙っておいてくれ……頼む、この通りだ」

 ラウグス様は、僕に頭を下げてきた。
 主が使用人に頭を下げる。それは、早々ないことだ。
 できることなら、このような姿は見たくなかった。なんと情けない姿だろうか。なんだか、涙が出てきそうだ。

「……わかりました。必ず、自らの手で決着をつけてください。それまでは、僕も黙っています」
「ウォルリッド……ありがとう」

 僕の言葉に、ラウグス様は笑顔を浮かべた。
 彼が自らの間違いを正してくれる。その時の僕は、浅はかにもそう思っていたのだ。
 だが、それは裏切られることになる。彼の冷たい心によって。
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