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38.空を見上げて

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「ナルギス……ありがとう。あのまま腕を振るっていたら、私はお父様と同じ所まで落ちてしまっていたわね?」
「いや、あなたの気持ちはよく理解できる。俺も結局こうして、拳を振るった訳だしな……」
「それでも、あなたは踏み止まった。そうすることができるあなたを、私は尊敬するわ」
「いや、誇れることなど何もない」

 ナルギスは、少し忌々しそうな顔をしていた。恐らく先程の行いを悔いているのだろう。
 やはり彼は、誇り高き人である。私はそれを改めて認識していた。

「……そんなことよりも、俺はあなたの先程の言葉を訂正しなければならない」
「え?」
「あなたの母上は、決してあなたを復讐の道具にしようと産んだ訳ではないと俺は思っている。あなたはこのエルバラス侯爵の元で育ちながらも、決して正道から外れなかった。それはあなたが、母上から確かな愛を受け取っていたからだと、俺は思っている」

 ナルギスの言葉に、私は少し驚いてしまった。
 先程の言葉は、お父様を悔しがらせるために言ったものである。故に、その事実に対して思う所があったという訳ではない。
 ただ、ナルギスの言葉によって私の頭の中には思い浮かんできた。私を愛おしそうに見つめる誰かの顔が。

「ナルギス……あなたは意外と、ロマンチストなのね?」
「何?」

 そこで私は窓際まで足を運んだ。その理由は二つある。
 あの空の向こう側から、お母様は私のことを見てくれているのだろうか。そう思ったのが一つ。
 それからもう一つは、ナルギスの顔を見られなくなっていたからだ。なんだか体が熱い。その熱を少し冷まさなければならなかった。

「……ラフェリア嬢、色々と思う所はあるかもしれないが、話を進めてもいいだろうか?」
「あ、すみません、ノルヴァさん」
「構いませんよ。あなたにとっては、長い戦いの終着点でしょう?」
「ええ、そうですね……でも、まだ全てが終わったという訳ではありませんから」

 ノルヴァさんに声をかけられたことによって、私は少しだけ冷静になった。
 思いを馳せるにはまだもう少し早いということが、理解できたからだ。私にはまだまだやるべきことがある。

「お父様のことは、任せても構いませんか?」
「もちろんです。彼は我々が連行します」
「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」

 お父様という諸悪の根源は、これで打ち倒すことができたと考えていいだろう。
 だが、まだこの屋敷には残っている。お父様とともに、長年このエルバラス侯爵家を汚してきた者達が。
 私はその人達とも戦わなければならない。誇り高き未来のためにも。
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