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1.公爵家の後妻
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私がセレント公爵家夫人となったのは、今から三年前のことだ。
公爵家の当主であるフライグ様は、早逝してしまった妻の後妻として、私を迎え入れた。
「私には、息子がいるんだ。今年で九歳になる……名前は、バルートという」
「バルート……君、ですか」
「気難しい子供だ。色々と苦労するかもしれないが、よろしく頼む」
フライグ様には、一人息子のバルート君がいた。
亡き奥様との間に生まれた彼のことを語る彼は、どこか遠い目をしていたような気がする。
「君は、子供が好きかい? 正直に答えて欲しい」
「子供ですか……実の所、あまり得意ではありません」
「そうか……」
当時の私は、子供が苦手だった。
別に嫌いという訳ではないが、どのように接していいかわからなかったのである。
そんな私の答えに、フライグ様は苦笑いをした。
今思うと、その笑みには憎しみが湧いてくる。彼は、一体どのような意図であのような笑みを浮かべたのだろうか。
「まあ、私も子供は得意ではないから、気持ちはわかる。しかし、なんとか頑張って欲しい」
「はい、頑張りたいとは思っています」
フライグ様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼の一人息子バルート君との関係について、私は頑張るつもりだった。
後妻と子供の関係というのは、難しいものである。これから、色々と彼との関係を考えていく必要があるだろう。その時の私は、そのように思っていた。
だが、まさかその時の彼の言葉に、あのような意味があったとはまるで思っていなかった。
本当に、彼はどうしようもない人間である。思い返してみると、益々そう思えてくる。
◇◇◇
「私の名前は、エファーナというの。あなたの名前を教えてもらっていい?」
「えっと……僕の名前は、バルートです」
バルートと最初に出会ったのは、フライグ様との婚約が決まってからすぐのことだった。
彼は、私のことを警戒していた。父親が急に連れてきた母親になる女性。その人物に、警戒しないなどという方が、無理があるだろう。
そのような反応をすることは、予想できていたことである。そのため、私もそこでくじけたりすることはなかった。
「これから、私はあなたのお父様……フライグ様の妻になるの」
「はい、知っています」
バルートは、私の言葉にすぐにそう言い返してきた。
その声色は、少し怒っているように聞こえた。何に怒っているか、それは考えるまでもないことだろう。
「……あなたが、お父様と結婚するとか、そういうことは僕にとってどうでもいいことです」
「えっと……」
「でも、僕はあなたのことをお母様とは思いません。それだけは、覚えておいてください」
「あ、バルート君……」
バルートは、そう言って駆けていってしまった。
もちろん、彼が私のことを認めないということは、予想していたことである。
だが、実際にその言葉を向けられるというのは、中々に厳しいものだった。
実際に振るわれる感情に、怯んでしまったのだ。
「……はあ、やっぱり難しいものなのね」
あの時の私は、まだ何もわかっていなかった。思い返してみて、私はそのように感じている。
もっと、バルートに寄り添う必要があったのだ。自分のことだけを考えるのではなく、彼のことを考えるべきだったのである。
公爵家の当主であるフライグ様は、早逝してしまった妻の後妻として、私を迎え入れた。
「私には、息子がいるんだ。今年で九歳になる……名前は、バルートという」
「バルート……君、ですか」
「気難しい子供だ。色々と苦労するかもしれないが、よろしく頼む」
フライグ様には、一人息子のバルート君がいた。
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「君は、子供が好きかい? 正直に答えて欲しい」
「子供ですか……実の所、あまり得意ではありません」
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今思うと、その笑みには憎しみが湧いてくる。彼は、一体どのような意図であのような笑みを浮かべたのだろうか。
「まあ、私も子供は得意ではないから、気持ちはわかる。しかし、なんとか頑張って欲しい」
「はい、頑張りたいとは思っています」
フライグ様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼の一人息子バルート君との関係について、私は頑張るつもりだった。
後妻と子供の関係というのは、難しいものである。これから、色々と彼との関係を考えていく必要があるだろう。その時の私は、そのように思っていた。
だが、まさかその時の彼の言葉に、あのような意味があったとはまるで思っていなかった。
本当に、彼はどうしようもない人間である。思い返してみると、益々そう思えてくる。
◇◇◇
「私の名前は、エファーナというの。あなたの名前を教えてもらっていい?」
「えっと……僕の名前は、バルートです」
バルートと最初に出会ったのは、フライグ様との婚約が決まってからすぐのことだった。
彼は、私のことを警戒していた。父親が急に連れてきた母親になる女性。その人物に、警戒しないなどという方が、無理があるだろう。
そのような反応をすることは、予想できていたことである。そのため、私もそこでくじけたりすることはなかった。
「これから、私はあなたのお父様……フライグ様の妻になるの」
「はい、知っています」
バルートは、私の言葉にすぐにそう言い返してきた。
その声色は、少し怒っているように聞こえた。何に怒っているか、それは考えるまでもないことだろう。
「……あなたが、お父様と結婚するとか、そういうことは僕にとってどうでもいいことです」
「えっと……」
「でも、僕はあなたのことをお母様とは思いません。それだけは、覚えておいてください」
「あ、バルート君……」
バルートは、そう言って駆けていってしまった。
もちろん、彼が私のことを認めないということは、予想していたことである。
だが、実際にその言葉を向けられるというのは、中々に厳しいものだった。
実際に振るわれる感情に、怯んでしまったのだ。
「……はあ、やっぱり難しいものなのね」
あの時の私は、まだ何もわかっていなかった。思い返してみて、私はそのように感じている。
もっと、バルートに寄り添う必要があったのだ。自分のことだけを考えるのではなく、彼のことを考えるべきだったのである。
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