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80.頼れる人

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「ランカーソン伯爵夫人、あなたはマルセアさんのことを思い出しているのですか?」
「……ええ」

 私の質問に、ランカーソン伯爵夫人はゆっくりと頷いた。
 彼女の顔は暗い。それは当然だ。彼女にとって最早、マルセアさんは頼れる存在ではない。

「私達は、マルセアさんからあなたのことは聞きましたが、あなたからマルセアさんについては聞いていませんでしたね……あなたにとって、彼女はどういう存在だったのですか?」
「……姉のような存在とでもいえばいいのでしょうか、彼女は時として母親のようでもありました」
「そんな人を、あなたは裏切ったのですか?」
「……それについては、返す言葉もありませんね」

 ランカーソン伯爵夫人は、自嘲気味に笑みを浮かべていた。
 マルセアさんはランカーソン伯爵夫人の落ちぶれっぷりに、失望したような表情を浮かべていた。あれは大切だったからこそ、出る表情であっただろう。
 そう思っていたのは、夫人も同じだったということだ。それでも夫人は、マルセアさんを裏切って、あの生き方を選んだ訳だが。

「その子をマルセアさんに任せますか?」
「……そうなってくれるならいいとは思います。しかしながら、彼女がそれを認めてくれるでしょうか?」
「それは頼んでみなければわからないことです。あなたの身内といえる存在がマルセアさんだけであるといなら、まずは話をしてみるしかありません」
「……お願いできますか?」
「それが今の私達の仕事ですから」

 ランカーソン伯爵夫人のことを許してはいない。彼女がやったことは、未だに私の心に大きな傷を残している。
 しかしそれでも、生まれた子供に罪はない。この子が幸せになれる結論を、私は目指すつもりである。
 そのためにも、私達はマルセアさんと会うべきだろう。まずは彼女と話をつける。断られたらその時はその時だ。まあ考え直すとしよう。

「クルレイド様も、それで構いませんね? 少々長い旅をすることにはなりますけど」
「大丈夫ですよ。あなたと一緒なら旅も一瞬です」
「それでは、そういうことにしましょう」

 私とクルレイド様は、そう言って頷き合った。
 それから私は、ランカーソン伯爵夫人の娘の方に目を向ける。その子はベビーベッドの上で、幸せそうに眠っている。

「本当に可愛い子ですね……」
「……今度来た時には、抱いてあげてください」
「ええ、そうさせてもらいます。それでは、私達はこれで」
「どうかよろしくお願いします」

 ゆっくりと頭を下げるランカーソン伯爵夫人から、私達は背を向けた。
 この極秘の任務は、しっかりとやり遂げる必要がある。責任は重大だ。私達の働きで、あの無垢なる命の未来が決まるのだから。
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