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79.素直な夫人

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「それで、クルレイド殿下は何が聞きたいのでしょうか?」
「……まず聞きたいのは、この子の父親のことです」
「ああ、そのことですか……」

 クルレイド様の質問に、ランカーソン伯爵夫人はばつが悪そうな顔をしていた。
 ただ彼女は、何かを考えるような仕草をしている。今の彼女は、私達の質問にしっかりと答えようとしてくれているようだ。

「……正直わかりかねます。父親の候補が多すぎるので」
「兄上からもそう聞きましたが、本当にわからないものなのですか? 何人かに絞ることはできないのでしょうか?」
「……仮に絞れたとしても、それがいい結果に繋がるとは思えません。私などとの間にできた子供を誰が認めますか? それに、夫やアルペリオ侯爵令息だった場合は、結局檻の中にいます。この子の未来は閉ざされたままではありませんか」

 ランカーソン伯爵夫人は、少し早口にまくし立てていた。
 彼女の口調からは、焦りが伝わってくる。その口調からして、父親に関しては本当にわからないのだろう。
 彼女としては、それを調べるよりも先に子供の受け入れ先を探して欲しいのかもしれない。父親を探しても無駄そうなのは、確かに彼女の言う通りである訳だし。

「しかしランカーソン伯爵夫人、もしもこの子の父親に子供がいない場合、この子は貴族として迎え入れられるかもしれません。出自の偽装はそれ程難しいという訳でもありませんから、結果としてその方がいい可能性もあるかと」
「私が関係を持っていたのは若い方ばかりです。後継ぎの問題で困っているような人はいないと思います」
「なるほど」

 ランカーソン伯爵夫人は、以前なら決して口にしなかったようなことまですらすらと述べていた。
 本当に彼女は、包み隠さずにこちらに情報を渡してくれている。彼女が子供を愛しているとわかっているつもりだが、それでもこの態度には驚いてしまう。
 以前の彼女とのギャップがあり過ぎるのだ。目の前にいる彼女が、あの人をいつも煽っていた人物と同じだとは思えない。

「……確か、あなたのご両親は既に亡くなられていると聞きました。親族もいなかったのですか?」「ええ、私は天涯孤独の身でした。唯一頼れるとしたら……」
「頼れるとしたら?」

 ランカーソン伯爵夫人は、そこで言葉を詰まらせていた。
 彼女が頼れる人物、それには私にも心当たりがある。マルセアさんだ。彼女は今、かつての上司の顔を思い出しているのだろう。
 しかし彼女は、躊躇っているのだ。マルセアさんとは、決別している。ランカーソン伯爵夫人も、それはよく理解しているのだろう。
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