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73.第二王子の恐怖

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 私とクルレイド様は、部屋に二人きりになっていた。
 一応正式に婚約が決まったため、そういう成り行きになったのである。
 色々なことがあったため、やっとある程度落ち着ける時間になった。ただ、クルレイド様は何やら真剣な面持ちだ。

「クルレイド様、どうかされましたか?」
「え? ああ、すみません。少し、考えてしまって……」
「考える? 何をですか?」
「いや、それは……」

 私の質問に、クルレイド様は目をそらした。
 それはつまり、私に言いにくいことについて考えていたということだろうか。

「ランペシー侯爵家の領地を引き継ぐことが不安ですか? その年で庇護下から抜け出すことになる訳ですから、きっと不安はありますよね?」
「ああ、それも確かにそうですね」
「そのことで悩んでいる訳ではなかったのですね……」
「え、ええ……」

 少し気になったため思いついたことを言ってみたが、それに対してクルレイド様は呆気に取られていた。
 不安に思っていないという訳ではないようだが、彼はもっと別のことを考えていたらしい。
 確かに言われてみれば、彼の表情は固すぎた。なんというか、もっと重たいことを考えているような表情だったのだ。

「……もしかして、アルペリオ侯爵令息のことを考えていましたか?」
「……」
「図星ですか」
「ええ、まあ、そうですね……」

 少し考えた結果、私はとある結論に辿り着いた。
 私を助けた後、クルレイド様とアルペリオ侯爵令息の間で交わされたやり取り。真面目な彼は、それを引きずっていたようだ。

「レミアナ嬢が止めなかったら、俺はあのまま剣を振り下ろしていました。そのつもりだったんです。俺はあの時、確かにアルペリオ侯爵令息の命を奪おうとした」
「それは……」
「後になって怖くなってきたんです。自分がそんな判断をしたということが……」
「クルレイド様……」
「覚悟は決めたつもりでしたが……」

 クルレイド様は、震えていた。人の命を奪うこと、その恐怖に彼は怯えているのだ。
 それは人間として、当然のことであるだろう。人の命を奪うということは、それ程に重たいことなのだから。
 一時とはいえ、クルレイド様はそれを味わった。優しい彼は、その重さに耐えきれていないのだろう。

「クルレイド様、失礼します」
「レミアナ嬢……?」

 私は立ち上がってクルレイド様の隣に腰掛けた。
 そして彼の手に自分の手を重ねる。その手は少し冷たい。
 それだけあの出来事は、彼の心に傷を残したということなのだろう。
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