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28.最期の一時
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「ア、アラティア。お前、何をっ……」
「お父様、今私は心から安心しています。あなたが私に対して、娘としての情を持っていなくて本当によかったとそう思っているんです」
「なっ……何?」
「もしもあなたが、ほんの少しでも情を持っていたら、私は復讐に対して罪悪感を覚えていたかもしれません。でも、今はとても晴れやかな気分です。娘を手にかけることも厭わない非道なるお父様、やはりあなたがお母様を殺したのですね?」
苦しそうに蠢いているお父様の顔を、私は眺めていた。
間接的に人を殺したことになる訳だが、罪悪感はちっとも湧いてこない。それはもしかしたら、目の前にいるこの男の血が流れている何よりの証拠なのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は考えていた。この最期の瞬間に、私が彼にかけるべき言葉は一体なんなのかということを。
「透明な毒は、検出することが不可能であるそうです。つまり、あなたの死因も心臓麻痺だとかその辺りになるでしょう。残念ながら、私が捕まることはない。まあそもそも、毒を用意したのはあなたですし、どの道私が捕まるなんてことはないでしょうが」
「あ、嫌だ……し、死にたくない」
「苦しいですか? でも、あなたは恵まれている方ですよ。私のお母様が受けた苦しみは、そんなものではないですからね」
お父様は、私のお母様を苦しめてきた。
そんな痛々しい様子をずっと見ていた私は、この男にはいつか報いを受けさせなければならないと思っていた。
あまつさえお母様を手にかけた彼に、私は罰を与える。最後の最後まで、この男に希望は与えてやらない。
「た、助けてくれ……」
「無理ですよ。もう助かりません。透明な毒は、一度体内に入ったらもう助からないんです。それはお父様も、知っているでしょう?」
「ま、まだ私にはやるべきことがあるのだ……この家はどうなる? イピリナやイレーヌは……うぐっ」
「伯爵家なら私の夫が継ぎますからご安心ください」
「……な、何を言っている?」
お父様は、残される妻や娘、そしてカルロム伯爵家のことを気にしていた。一応、当主としての自覚はそれなりにあったようである。
しかしながら、何の因果か私はそんな彼を絶望させる情報を得ていた。これはつい最近わかったことである。
「イレーヌは、あなたの子供ではありません。お義母様、つまりイピリナ様は他の男性とも関係を持っていたそうですよ」
「ば、馬鹿な……」
「イレーヌは、その方との間にできた子供であるそうです。故にこの伯爵家の血は流れていません。血を継いでいるのは私だけです」
「う、嘘だ……そんな、はずはないっ――嘘だああああああああっ! あっ……」
最後に絶望的な顔をしながら、お父様は事を切れていった。
動かなくなった彼を見ても、特に感情が揺れることはない。自分がこれ程まで冷たい人間になれることに、驚いているくらいだ。
そんなことを考えながら、私はふと人の気配がすることに気付いた。後ろを向くと、そこには私の義妹がいる。
「イレーヌ、来ていたのね……」
「……」
今までほとんど話したことがなかった義妹は、苦しそうな顔でお父様のことを見ていた。
そんな彼女を見て初めて私は、少しだけ罪悪感を覚えるのだった。
「お父様、今私は心から安心しています。あなたが私に対して、娘としての情を持っていなくて本当によかったとそう思っているんです」
「なっ……何?」
「もしもあなたが、ほんの少しでも情を持っていたら、私は復讐に対して罪悪感を覚えていたかもしれません。でも、今はとても晴れやかな気分です。娘を手にかけることも厭わない非道なるお父様、やはりあなたがお母様を殺したのですね?」
苦しそうに蠢いているお父様の顔を、私は眺めていた。
間接的に人を殺したことになる訳だが、罪悪感はちっとも湧いてこない。それはもしかしたら、目の前にいるこの男の血が流れている何よりの証拠なのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は考えていた。この最期の瞬間に、私が彼にかけるべき言葉は一体なんなのかということを。
「透明な毒は、検出することが不可能であるそうです。つまり、あなたの死因も心臓麻痺だとかその辺りになるでしょう。残念ながら、私が捕まることはない。まあそもそも、毒を用意したのはあなたですし、どの道私が捕まるなんてことはないでしょうが」
「あ、嫌だ……し、死にたくない」
「苦しいですか? でも、あなたは恵まれている方ですよ。私のお母様が受けた苦しみは、そんなものではないですからね」
お父様は、私のお母様を苦しめてきた。
そんな痛々しい様子をずっと見ていた私は、この男にはいつか報いを受けさせなければならないと思っていた。
あまつさえお母様を手にかけた彼に、私は罰を与える。最後の最後まで、この男に希望は与えてやらない。
「た、助けてくれ……」
「無理ですよ。もう助かりません。透明な毒は、一度体内に入ったらもう助からないんです。それはお父様も、知っているでしょう?」
「ま、まだ私にはやるべきことがあるのだ……この家はどうなる? イピリナやイレーヌは……うぐっ」
「伯爵家なら私の夫が継ぎますからご安心ください」
「……な、何を言っている?」
お父様は、残される妻や娘、そしてカルロム伯爵家のことを気にしていた。一応、当主としての自覚はそれなりにあったようである。
しかしながら、何の因果か私はそんな彼を絶望させる情報を得ていた。これはつい最近わかったことである。
「イレーヌは、あなたの子供ではありません。お義母様、つまりイピリナ様は他の男性とも関係を持っていたそうですよ」
「ば、馬鹿な……」
「イレーヌは、その方との間にできた子供であるそうです。故にこの伯爵家の血は流れていません。血を継いでいるのは私だけです」
「う、嘘だ……そんな、はずはないっ――嘘だああああああああっ! あっ……」
最後に絶望的な顔をしながら、お父様は事を切れていった。
動かなくなった彼を見ても、特に感情が揺れることはない。自分がこれ程まで冷たい人間になれることに、驚いているくらいだ。
そんなことを考えながら、私はふと人の気配がすることに気付いた。後ろを向くと、そこには私の義妹がいる。
「イレーヌ、来ていたのね……」
「……」
今までほとんど話したことがなかった義妹は、苦しそうな顔でお父様のことを見ていた。
そんな彼女を見て初めて私は、少しだけ罪悪感を覚えるのだった。
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