悪役令嬢と攻略対象(推し)の娘に転生しました。~前世の記憶で夫婦円満に導きたいと思います~

木山楽斗

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10.自分自身の心と(ファルクス視点)

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 今頃、ファルミルはどうしているだろうか。
 そんなことを考えながら、僕は紅茶を飲む。
 昨日も今日も、執務は疎かにしていたため、こんな時間まで仕事をすることになってしまった。
 だが、後悔はない。そんなことよりももっと大事なことのために時間を使ったからだ。

「ふう……」

 ファルミルが階段から転げ落ちたと聞いて、僕はとても焦った。
 正直肝が冷えた。今までの人生で、あれ程までに恐怖を感じたことはなかったかもしれない。いや、確実になかった。ファルミルを失う。それに勝る恐怖などあるはずはない。

「……あの時、僕は冷静な判断ができていたのだろうか?」

 現場に行った僕が見たのは、青ざめた顔をした妻の姿だった。
 どうやら、彼女は事前にファルミルを叱っており、目の前で転げ落ちる光景を見ていたようである。
 恐らく、責任を感じてしまったのだろう。それは仕方ない。僕だって彼女の立場だったら、同じようになっていたはずだ。

「言い過ぎただろうか……」

 妻に対して、僕は思わず怒鳴ってしまった。動揺する彼女を一喝してしまったのだ。
 あの時は僕も必死だったとはいえ、もっと言い方があったように思える。もっと落ち着いて彼女に寄り添って慰める方がよかっただろう。

「……謝らないといけない。それがわかっているのに、僕は何を迷っているんだ」

 妻に謝罪しなければならない。それは、昨日から思っていたことだ。
 だが、僕は未だにそれを果たしていない。面と向かって彼女と話す。僕には、それができないのだ。

「僕は妻からも逃げきたんだな……」

 妻との付き合いは、随分と長いものになる。幼少期から僕達の婚約は決まっており、そこからの付き合いなので、二十年以上になるだろうか。
 それだけ長い間一緒にいたので、僕は妻と向き合ってこなかった。ただ親同士が決めた結婚相手。そう言い訳して、彼女から目をそらしてきたのだ。
 自らの運命が決まっている。僕は、それが嫌だったのかもしれない。彼女と夫婦になり、公爵家を継ぐ。そんな定められた道に僕は反抗したいと思っていたのだろうか。

「自分のことであるというのに、わからないことが多いものだな……」

 僕は思わず笑ってしまう。自分の心から逃げ続けたからか、僕は僕のことすら理解していないようだ。
 思えば、学生の時からそうだった。あの学園で出会った少女のことを僕はどう思っていたのだろうか。
 彼女のことが好きだった。そう考えることもできる。

「尊敬できる人だった……それは、好意だったのだろうか」

 その人柄に好感を抱き、尊敬の念を覚えていたことは確かだ。
 ただ、女性として好きだったかどうかはわからない。確信できるような何かはなかった。いや、そもそも僕はそういった男女の思いというものを理解していないように思える。

「尊敬できるというなら、今の妻もそうだ……立派な母親で、僕にできないようなことをしてくれている」

 学生時代のことを頭から消して、僕は今のことを考えることにした。
 今の僕にとって唯一わかっていることは、ファルミルのことが大切だということだ。
 彼女のためなら、僕は何だってする。命だって惜しくはない。彼女のためなら、喜んで捧げることができる。
 きっと、妻も同じだろう。それは、確信できる。

「僕は妻をどう思っているのだろうか……」

 ファルミルは、僕と妻と笑い合うことを望んでいる。それが彼女の望みであるなら、叶えたいと僕は思う。
 しかし、それを言い訳にしてはならない。そんなことをしたら、妻に不誠実だ。故に僕は、今一度向き合うべきなのだろう。僕自身の心と。
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