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7.わがままな望みでも
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「……お父様、一つ聞いてもいいですか?」
「うん? 何かな?」
「……お父様は、私のことを避けていたのですか?」
「む……」
私の質問に、お父様は頬を撫でる手を止めた。
それが少し悲しかったが、それでもこれは聞いてみたいことだった。私とお父様が前に進むためにも、聞きいておかなければならないことだと思うのだ。
「避けていた、か……」
「お母様が言っていました。お母様と……お父様が、私から逃げていたと。それは、本当なのでしょうか?」
「なっ……!」
お父様の目が、大きく見開かれた。
質問の時点で少し驚いたような顔をしていたが、今はそれが顕著である。
それはきっと、お母様が言っていたという部分が引っかかったからだろう。今までの経験から、それはもうわかる。
「そうか……彼女が、そう言っていたか」
「はい。そう言っていました」
「……そうだね。その通りだ。僕は君から逃げていたんだ」
お父様は、苦笑いしていた。それは先程までと比べると、穏やかな表情だ。
私の頬から、お父様の手が離れていく。そして、そのままその手は握り締められる。
お父様は、その手をゆっくりと自分の額に当てた。勢いのない拳だったが、それはまるで自分を罰しているかのように見えた。
「君と向き合うのが、僕はきっと怖かったんだろうね」
「怖かった?」
「彼女……アルティリアもそうだったのかもしれない。君のことを大切だと思えば思う程に、怖かったんだ」
お父様はゆっくりと息を吐く。それから、ゆっくりと息を吸う。
何かを話そうとしている。それが理解できたから、私は言葉を待つ。
「君にこんなことを言うべきではないのかもしれないけれど、僕とアルティリア……君のお母さんは、あまり仲が良くなくてね」
「……はい、わかっています」
「そうか……いや、そうだろうね。なんとなく僕もわかっていたよ」
「そうですよね……」
お父様は私のお父様で、私はお父様の娘だ。
だから、わかっていた。お互いに理解していた。心のどこかでそれを察し合って、踏み込まないようにしていたのだろう。
怖かったのは、私も同じだったのかもしれない。だって、踏み込むということは自分の心の弱い部分と向き合うということだから。
「お父様は、お母様のことが嫌いですか?」
「いや……嫌いという訳ではないよ。嫌いだったような気もするけれど、少なくとも今は嫌いではないと断言できる」
「……それなら、他に好きな人がいるとか?」
「それもないね。これも断言できる。昔は違ったのかもしれないけれど、今僕は他に好きな人はいない」
お父様は、ゲームの主人公のことが好きなのかもしれない。前世の記憶から、私はそのように予想していた。
だが、そういう訳ではないらしい。少なくとも今は、他に好きな人はいない。その言葉に私は安心する。
「……え?」
「ファルミル? どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません」
そこで私は、お父様の言葉の違和感に気付いた。
それがどうしてなのかは、少し考えてわかった。今お父様は、他に好きな人がいないと言ったのだ。
単純に私の言葉を復唱したのかもしれない。言葉の綾という可能性もある。
でも、確かにお父様は他に好きな人がいないと言った。それはつまり、お母様のことが好きと捉えることができると思うのだ。
それが恋かはわからない。でも少なくとも、お父様は今のお母様に好感を抱いている。そう解釈することができて、私は思わず笑ってしまう。
「ファルミル……?」
「お父様、これは私のわがままです。でも、私はお父様とお母様の娘ですから、言わせてもらいます。二人に仲良くして欲しいと」
「それは……」
「私は娘だから、そう望んでいます。二人の関係性とか過去とか、私にはわかりません。でも、私にとってお父様はお父様で、お母様はお母様ですから」
「ファルミル……」
私は、ただ自分の望みを口にしていた。
それは私が私のことだけしか考えていないから言える言葉だ。二人の気持ちを考慮していないわがままだ。
それでも、私は口にする。何度だってそう思う。私が私として生まれたから、何度だってそう望む。
お父様とお母様が二人で笑顔で傍にいてくれる。ファルクスとアルティリアの娘ファルミルの願いは、ただそれだけなのだ。
「うん? 何かな?」
「……お父様は、私のことを避けていたのですか?」
「む……」
私の質問に、お父様は頬を撫でる手を止めた。
それが少し悲しかったが、それでもこれは聞いてみたいことだった。私とお父様が前に進むためにも、聞きいておかなければならないことだと思うのだ。
「避けていた、か……」
「お母様が言っていました。お母様と……お父様が、私から逃げていたと。それは、本当なのでしょうか?」
「なっ……!」
お父様の目が、大きく見開かれた。
質問の時点で少し驚いたような顔をしていたが、今はそれが顕著である。
それはきっと、お母様が言っていたという部分が引っかかったからだろう。今までの経験から、それはもうわかる。
「そうか……彼女が、そう言っていたか」
「はい。そう言っていました」
「……そうだね。その通りだ。僕は君から逃げていたんだ」
お父様は、苦笑いしていた。それは先程までと比べると、穏やかな表情だ。
私の頬から、お父様の手が離れていく。そして、そのままその手は握り締められる。
お父様は、その手をゆっくりと自分の額に当てた。勢いのない拳だったが、それはまるで自分を罰しているかのように見えた。
「君と向き合うのが、僕はきっと怖かったんだろうね」
「怖かった?」
「彼女……アルティリアもそうだったのかもしれない。君のことを大切だと思えば思う程に、怖かったんだ」
お父様はゆっくりと息を吐く。それから、ゆっくりと息を吸う。
何かを話そうとしている。それが理解できたから、私は言葉を待つ。
「君にこんなことを言うべきではないのかもしれないけれど、僕とアルティリア……君のお母さんは、あまり仲が良くなくてね」
「……はい、わかっています」
「そうか……いや、そうだろうね。なんとなく僕もわかっていたよ」
「そうですよね……」
お父様は私のお父様で、私はお父様の娘だ。
だから、わかっていた。お互いに理解していた。心のどこかでそれを察し合って、踏み込まないようにしていたのだろう。
怖かったのは、私も同じだったのかもしれない。だって、踏み込むということは自分の心の弱い部分と向き合うということだから。
「お父様は、お母様のことが嫌いですか?」
「いや……嫌いという訳ではないよ。嫌いだったような気もするけれど、少なくとも今は嫌いではないと断言できる」
「……それなら、他に好きな人がいるとか?」
「それもないね。これも断言できる。昔は違ったのかもしれないけれど、今僕は他に好きな人はいない」
お父様は、ゲームの主人公のことが好きなのかもしれない。前世の記憶から、私はそのように予想していた。
だが、そういう訳ではないらしい。少なくとも今は、他に好きな人はいない。その言葉に私は安心する。
「……え?」
「ファルミル? どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません」
そこで私は、お父様の言葉の違和感に気付いた。
それがどうしてなのかは、少し考えてわかった。今お父様は、他に好きな人がいないと言ったのだ。
単純に私の言葉を復唱したのかもしれない。言葉の綾という可能性もある。
でも、確かにお父様は他に好きな人がいないと言った。それはつまり、お母様のことが好きと捉えることができると思うのだ。
それが恋かはわからない。でも少なくとも、お父様は今のお母様に好感を抱いている。そう解釈することができて、私は思わず笑ってしまう。
「ファルミル……?」
「お父様、これは私のわがままです。でも、私はお父様とお母様の娘ですから、言わせてもらいます。二人に仲良くして欲しいと」
「それは……」
「私は娘だから、そう望んでいます。二人の関係性とか過去とか、私にはわかりません。でも、私にとってお父様はお父様で、お母様はお母様ですから」
「ファルミル……」
私は、ただ自分の望みを口にしていた。
それは私が私のことだけしか考えていないから言える言葉だ。二人の気持ちを考慮していないわがままだ。
それでも、私は口にする。何度だってそう思う。私が私として生まれたから、何度だってそう望む。
お父様とお母様が二人で笑顔で傍にいてくれる。ファルクスとアルティリアの娘ファルミルの願いは、ただそれだけなのだ。
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