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6.入れ替わるように
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「……ごめんなさい、少し考えさせてもらえないかしら?」
しばらく考えた後、お母様はそのように言ってきた。
お父様との関係は、やはり簡単なものではない。それが理解できたため、私はそれに頷き、その話は終わらせることにした。
それから、お母様は言っていた通り私の傍にずっといてくれた。途中数分抜け出すこともあったが、日が傾くまでは付きっ切りだったのだ。
「ごめんなさい、ファルミル。少しの間だけ、出てくるわ。どうしても外すことができない用事があるの」
「……わかりました。私のことは気にしないでください」
「あなたのことを気にしない日なんてないわ」
私の頬をゆっくりと撫でながら、お母様は笑顔を見せてくれた。
ただ、その笑顔には陰がある。その理由はなんとなくわかっていた。
きっと、お母様は用事なんてない。だけど、部屋から出て行かなければならない理由があるのだ。
大抵の場合、日が傾く頃には仕事が終わる。今日は頑張ると言ってくれたから、お父様の仕事も終わったはずだ。
だから、お母様は出て行くのだろう。まだお父様と一緒にいられないから。
「またすぐに会えるというのに、なんだか名残惜しいわね……」
「それは私もです。でも、駄目ですよ、お母様。外せない用事なら、早く行かないと」
「ええ、それじゃあね」
私の言葉に、お母様は再度笑顔を見せてから部屋を出て行った。
引き止めようとは思わなかった。だって、お母様は考えると言ったから。
考えがまとまらない間にお父様と会っても、いいことにはならないだろう。それは、お父様からしても同じことだ。二人が面と向かい合うことができるのは、きっとまだ少し先の話なのだろう。
「……ファルミル、父だ。入っても構わないか?」
「どうぞ、お父様」
お母様が部屋を去ってすぐに、お父様が部屋を訪ねて来た。
見計らったようなタイミングで、私は理解する。恐らく、事前にやり取りがあったということを。
ただ、多分二人が直接話した訳ではないだろう。普段の二人から、それはなんとなく想像することができる。
「……具合はどうだい?」
「大分よくなりました。お母様がずっと傍にいてくれたおかげで、すごく元気も出ましたし、すぐに治ると思います」
「そうか……それなら、よかった」
お母様のことを言ったからか、お父様は微妙な表情を浮かべた。
そういう反応をされることはわかっていた。でも、それでも私は話す。だってそれは、私にとっては当たり前のことだから。
「でも、無理をするのは駄目だよ。まだ二、三日……いや、一週間くらいは安静にしてもらいたい」
「一週間? それは、少し長すぎるんじゃないでしょうか?」
「頭を打ったんだ。それくらいは安静にしてもらいたい」
お父様は、私の目を見ながら真っ直ぐにそう言ってきた。
もちろん、私も大きな怪我をしたということは理解している。ただ、流石に一週間もベッドの上というのは少々辛い。
「お父様、流石にずっとベッドの上は嫌です」
「ああ、すまない。言い方が悪かったね。別にずっとベッドの上にいてもらいたいという訳ではないよ。どこかに出かけたり、走り回ったりせずにこの屋敷でゆっくりと休んでいてもらいたい、というのが正しいかな?」
「お外でお茶をしたりするのは駄目ですか?」
「それくらいは問題ないよ。外の空気も吸った方がいいだろうしね。でも、念のために明後日、せめて明日くらいまではベッドの上にいてもらいたいかな?」
「わかりました。それくらいなら」
私は、お父様の言葉にゆっくりと頷いた。
すると、お父様は私に手を伸ばしてくる。その手は私の頬に触れて、ゆっくりと撫でてくれる。
「ファルミルは、いい子だね……」
「そうですか?」
「ああ、自慢の娘だよ」
お母様もそうだったが、私が頭を打ったため、二人はこのように違う部位を撫でてくれるのだろう。
本当に大切にしてもらえていることが伝わって、心が温かくなる。
でも、同時に少し悲しい。こんなにも私を愛してくれる二人が、私の大好きな二人の仲が良くないなんて。
しばらく考えた後、お母様はそのように言ってきた。
お父様との関係は、やはり簡単なものではない。それが理解できたため、私はそれに頷き、その話は終わらせることにした。
それから、お母様は言っていた通り私の傍にずっといてくれた。途中数分抜け出すこともあったが、日が傾くまでは付きっ切りだったのだ。
「ごめんなさい、ファルミル。少しの間だけ、出てくるわ。どうしても外すことができない用事があるの」
「……わかりました。私のことは気にしないでください」
「あなたのことを気にしない日なんてないわ」
私の頬をゆっくりと撫でながら、お母様は笑顔を見せてくれた。
ただ、その笑顔には陰がある。その理由はなんとなくわかっていた。
きっと、お母様は用事なんてない。だけど、部屋から出て行かなければならない理由があるのだ。
大抵の場合、日が傾く頃には仕事が終わる。今日は頑張ると言ってくれたから、お父様の仕事も終わったはずだ。
だから、お母様は出て行くのだろう。まだお父様と一緒にいられないから。
「またすぐに会えるというのに、なんだか名残惜しいわね……」
「それは私もです。でも、駄目ですよ、お母様。外せない用事なら、早く行かないと」
「ええ、それじゃあね」
私の言葉に、お母様は再度笑顔を見せてから部屋を出て行った。
引き止めようとは思わなかった。だって、お母様は考えると言ったから。
考えがまとまらない間にお父様と会っても、いいことにはならないだろう。それは、お父様からしても同じことだ。二人が面と向かい合うことができるのは、きっとまだ少し先の話なのだろう。
「……ファルミル、父だ。入っても構わないか?」
「どうぞ、お父様」
お母様が部屋を去ってすぐに、お父様が部屋を訪ねて来た。
見計らったようなタイミングで、私は理解する。恐らく、事前にやり取りがあったということを。
ただ、多分二人が直接話した訳ではないだろう。普段の二人から、それはなんとなく想像することができる。
「……具合はどうだい?」
「大分よくなりました。お母様がずっと傍にいてくれたおかげで、すごく元気も出ましたし、すぐに治ると思います」
「そうか……それなら、よかった」
お母様のことを言ったからか、お父様は微妙な表情を浮かべた。
そういう反応をされることはわかっていた。でも、それでも私は話す。だってそれは、私にとっては当たり前のことだから。
「でも、無理をするのは駄目だよ。まだ二、三日……いや、一週間くらいは安静にしてもらいたい」
「一週間? それは、少し長すぎるんじゃないでしょうか?」
「頭を打ったんだ。それくらいは安静にしてもらいたい」
お父様は、私の目を見ながら真っ直ぐにそう言ってきた。
もちろん、私も大きな怪我をしたということは理解している。ただ、流石に一週間もベッドの上というのは少々辛い。
「お父様、流石にずっとベッドの上は嫌です」
「ああ、すまない。言い方が悪かったね。別にずっとベッドの上にいてもらいたいという訳ではないよ。どこかに出かけたり、走り回ったりせずにこの屋敷でゆっくりと休んでいてもらいたい、というのが正しいかな?」
「お外でお茶をしたりするのは駄目ですか?」
「それくらいは問題ないよ。外の空気も吸った方がいいだろうしね。でも、念のために明後日、せめて明日くらいまではベッドの上にいてもらいたいかな?」
「わかりました。それくらいなら」
私は、お父様の言葉にゆっくりと頷いた。
すると、お父様は私に手を伸ばしてくる。その手は私の頬に触れて、ゆっくりと撫でてくれる。
「ファルミルは、いい子だね……」
「そうですか?」
「ああ、自慢の娘だよ」
お母様もそうだったが、私が頭を打ったため、二人はこのように違う部位を撫でてくれるのだろう。
本当に大切にしてもらえていることが伝わって、心が温かくなる。
でも、同時に少し悲しい。こんなにも私を愛してくれる二人が、私の大好きな二人の仲が良くないなんて。
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