王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗

文字の大きさ
上 下
4 / 24

4.誤魔化せる訳もなく

しおりを挟む
「……さて、どなたかそちらにいらっしゃいますね?」
「あっ……」

 二人の男性が逃げ出してから、アドルヴ殿下はゆっくりと言葉を発した。
 それは明らかに、私のことを言っている。視線がこちらに向いているし、間違いない。
 ただ、彼はラルリアがここにいるとは流石に思っていないだろう。もしもそれがわかっていたら、声をかけはしないはずである。アドルヴ殿下は、そういった気遣いをしてくれる人だ。

「ニャ、ニャー……」
「なんだ、猫でしたか……なんて、言うと思っていますか?」

 とりあえず猫の鳴き真似をしてみたが、通じることはなかった。
 その誤魔化し方に、無理があるというのは自分でもわかっていたことだ。ただ恥ずかしい思いをするだけだし、やらなければ良かったと後悔している。

「いや、待てよ。今の声は……」

 そんなことを考えていると、アドルヴ殿下は目を丸めていた。
 それから彼は、周囲をゆっくりと見渡す。他に人がいないことを、確かめているのだろうか。

「猫でしたか……」

 どうやらアドルヴ殿下は、聞いていたのが私であるということに気付いたようだ。
 猫の鳴き真似をしていたはずなので、判断はかなり難しかったはずである。それなのに気付いたということは、すごいことだ。
 とはいえ、ここまで知られてしまったら、最早やり過ごすという選択肢はなくなっている。彼ときちんと話しておく方が今後のためだろう。

「猫ではありません」
「……ラルリア、あなたでしたか」
「ええ、その……全て聞いていました」

 アドルヴ殿下は、私が出て行っても特に驚きはしなかった。やはりわかっていたということだろう。
 しかし、彼の表情は暗い。私が聞いていたという事実に対して、心を痛めてくれているのだろう。アドルヴ殿下は、そういう優しい人だ。

「あまり気にしない方が良いことですよ」
「ええ、わかっています。アドルヴ殿下のお陰で、私も少しは覚悟ができましたから、その点に関してはご安心を」
「あれはあくまで、僕の持論でしかありません。それをラルリア嬢に押し付けるつもりはありませんよ」
「いいえ、立派な考えだったので、見習いたいと思ったというだけです」
「そうですか。それなら結構」

 私の言葉に、アドルヴ殿下は気まずそうにしていた。
 他の人ならまだしも、私に聞かれたということについては、彼も中々に恥ずかしいことであるらしい。
 ただこれは、もう仕方ないことである。私もいたくて居合わせた訳ではないし、不可抗力だと思うことにしよう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【全4話】私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。私は醜いから相応しくないんだそうです

リオール
恋愛
私の婚約者を欲しいと妹が言ってきた。 私は醜いから相応しくないんだそうです。 お姉様は醜いから全て私が貰うわね。 そう言って妹は── ※全4話 あっさりスッキリ短いです

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

可愛い姉より、地味なわたしを選んでくれた王子様。と思っていたら、単に姉と間違えただけのようです。

ふまさ
恋愛
 小さくて、可愛くて、庇護欲をそそられる姉。対し、身長も高くて、地味顔の妹のリネット。  ある日。愛らしい顔立ちで有名な第二王子に婚約を申し込まれ、舞い上がるリネットだったが──。 「あれ? きみ、誰?」  第二王子であるヒューゴーは、リネットを見ながら不思議そうに首を傾げるのだった。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

もっと傲慢でいてください、殿下。──わたしのために。

ふまさ
恋愛
「クラリス。すまないが、今日も仕事を頼まれてくれないか?」  王立学園に入学して十ヶ月が経った放課後。生徒会室に向かう途中の廊下で、この国の王子であるイライジャが、並んで歩く婚約者のクラリスに言った。クラリスが、ですが、と困ったように呟く。 「やはり、生徒会長であるイライジャ殿下に与えられた仕事ですので、ご自分でなされたほうが、殿下のためにもよろしいのではないでしょうか……?」 「そうしたいのはやまやまだが、側妃候補のご令嬢たちと、お茶をする約束をしてしまったんだ。ぼくが王となったときのためにも、愛想はよくしていた方がいいだろう?」 「……それはそうかもしれませんが」 「クラリス。まだぐだぐだ言うようなら──わかっているよね?」  イライジャは足を止め、クラリスに一歩、近付いた。 「王子であるぼくの命に逆らうのなら、きみとの婚約は、破棄させてもらうよ?」  こう言えば、イライジャを愛しているクラリスが、どんな頼み事も断れないとわかったうえでの脅しだった。現に、クラリスは焦ったように顔をあげた。 「そ、それは嫌です!」 「うん。なら、お願いするね。大丈夫。ぼくが一番に愛しているのは、きみだから。それだけは信じて」  イライジャが抱き締めると、クラリスは、はい、と嬉しそうに笑った。  ──ああ。何て扱いやすく、便利な婚約者なのだろう。  イライジャはそっと、口角をあげた。  だが。  そんなイライジャの学園生活は、それから僅か二ヶ月後に、幕を閉じることになる。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

クレアは婚約者が恋に落ちる瞬間を見た

ましろ
恋愛
──あ。 本当に恋とは一瞬で落ちるものなのですね。 その日、私は見てしまいました。 婚約者が私以外の女性に恋をする瞬間を見てしまったのです。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

処理中です...