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 私は、茫然としながら屋敷の中を歩いていた。
 突然、自身に起こった衝撃の事実は、未だに信じられていない。
 だが、それが間違いないということは明白である。だから、私はすぐにここを出て行く準備をしなければならないのだ。

「うん? なんだ? 誰かと思えば、平民の屑か」
「え?」

 そんな私に、話しかけてくる者がいた。
 それは、このゲルビド家の長男であるバリンジャ様である。
 どうやら、彼はまだ私が公爵家の人間だったという事実を知らないようだ。知っているなら、このようなことを言ってくるはずはないだろう。

「この僕の前に、その汚らわしい顔を見せるなと言っているだろう。まったく、いつまで経っても学ばないのは、本当に馬鹿なのだな?」
「えっと……」
「なんだ? もっと然るべき態度があるだろう。地に這いつくばって、僕に謝らないか」

 いつも通りの態度で接してくるバリンジャ様に、私は少し迷っていた。
 別に、彼に対して謝ることはそこまで対抗がある訳ではない。辛いことだが、いつものことだし、もう解放されるとわかっているので、ここで謝ってもいいと思っている。
 だが、それは正しいことなのだろうか。私は既に、自分が公爵家の人間だと知っている。そんな私が、彼にこんな理不尽な理由で謝ることは、まずいことなのではないだろうか。

「どうした? 早く謝れ」
「……」

 公爵家は、子爵家より遥かに権力を持っている。
 そんな家の人間が、こんな理由で頭を下げてもいいのだろうか。もしかしたら、それは公爵家に迷惑をかけることになるかもしれない。その思考が、私に頭を下げさせるのを躊躇わせていた。

「バリンジャ! 貴様、何をやっている!」
「え?」

 私がそんなことを考えていると、ボドール様が現れた。
 彼は、血相を変えて、バリンジャ様の元まで駆け寄って、その体を壁に叩きつける。

「あがっ!? 父上、何を……」
「この方は、公爵家の人間なのだぞ。それを、お前は……」
「公爵家? 何を言っているのですか?」
「事情がわからないなら黙っていろ。この愚図が!」
「うぐっ……」

 ボドール様は、再度バリンジャ様を壁に叩きつけてから、こちらを向いた。
 その表情は、見たことがない笑顔である。恐らく、取り繕っているのだろう。私が、公爵家の人間だと知ったから、彼はそんな顔なのだ。

「も、申し訳ありませんでした、アルシア様……この愚息の不始末、なんと謝っていいか……」
「……」

 ボドール様の態度に、私は嫌悪感を覚えていた。
 今までとはまったく違う媚を売る態度が、とても不快である。

「どうか、お許しください……私も、心から反省しております」
「……」

 彼は、公爵家となった私からの報復を恐れているのかもしれない。
 ひどいことをしてきた。その自覚はあるのだろう。
 だが、どれだけ謝られても、私の気は晴れそうにない。この人達の本性を知っているから、謝罪の言葉もまったく入って来ないのである。

「……」
「ア、アルシア様……」

 私は、急いでその場から離れることにした。
 これ以上、このゲルビド家の人々と関わりたくなかったからだ。
 彼らに対して、私は恨みばかり覚えている。話を続けていれば、その感情が爆発してしまうだろう。
 そうしないためにも、一刻も早くこの場を離れなければならなかったのだ。自分の嫌な感情を抑えつけるために、私は何も言わず部屋に向かうのだった。
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