上 下
47 / 50

47.いらぬ気遣い

しおりを挟む
「こ、こちらでございます……」

 エルヴァイン公爵家の若いメイドさんは、私達から目をそらしながら言葉を発していた。
 それは先程から、バルハルド様がメイドさんを睨んでいるからだろう。彼はここに来るまでの道中、ずっと訝し気な顔をしていた。それはメイドさんも、わかっていたのだろう。

「……あなたに責任があることではないことはわかっている。俺は別に怒ってなどはいない。ただ少し動揺しているだけだ。まずそれを理解していただきたい」
「あ、えっと、そうなんですか?」
「ええ、大丈夫です。バルハルド様はあなたに怒るような人ではないので、ご安心ください」

 メイドさんが助けを求めるようにこちらに視線を向けてきたため、私は彼女を安心させるために、ゆっくりとした口調で語りかけた。それによって、メイドさんの表情も少し和らいだような気がする。
 ちなみに言ったことは、本当だ。バルハルド様は無関係なメイドさんに怒るような人ではない。もしも怒っているとしたら、その対象はエルヴァイン公爵だ。

「それで、あなたに一つ問いたいのだが、この部屋に俺達が泊まるというのか?」
「は、はい。エルヴァイン公爵からはそのように言われています」
「同じ部屋に泊まれというのか?」
「ええ、そうです……」

 メイドさんは、消え入りそうな声でバルハルド様の言葉に答えていた。
 バルハルド様は、頭を抱えている。それは当然だ。私だって、大いに困惑している。

「エルヴァイン公爵は何を考えているのか……すまないが、公爵の元に案内してもらえるか?」
「バルハルド様、お待ちください」
「む?」

 エルヴァイン公爵に抗議に行きそうになったバルハルド様を、私は止めた。
 もちろん、この状況は問題ではある。彼の行動は至極全うであり、当然のものだ。
 しかし私は、それでも彼を止めた方が良いと思った。これはもしかしたら、いい機会なのかもしれないからだ。

「私はバルハルド様と同室でも構いません」
「……何?」
「バルハルド様は紳士ですから、この状況を許容することは難しいのでしょう。しかし、私達も何れは夫婦になる身です。こういったことには慣れておいた方がいいのかと思いまして……」
「……なるほど。あなたがいいというなら、俺も別に構わないが」

 バルハルド様は、ゆっくりと目をそらした。
 そしてもう一度、若いメイドさんの方を見る。

「それはそれとして、抗議はさせてもらう。いくらエルヴァイン公爵であっても、このようないらぬ気遣いは不要だとな……」
「あ、はい。案内します」

 バルハルド様の意思は固かった。
 相手が公爵であろうとも、怖気づいたりもしていないようだ。
 そんな彼の背中を見ながら、私はため息をついた。これからのことを思うと、やはり心穏やかではいられない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

幼馴染が好きなら幼馴染だけ愛せば?

新野乃花(大舟)
恋愛
フーレン伯爵はエレナとの婚約関係を結んでいながら、仕事だと言って屋敷をあけ、その度に自身の幼馴染であるレベッカとの関係を深めていた。その関係は次第に熱いものとなっていき、ついにフーレン伯爵はエレナに婚約破棄を告げてしまう。しかしその言葉こそ、伯爵が奈落の底に転落していく最初の第一歩となるのであった。

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?

新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

処理中です...