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5.素性を明かして
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「このっ……!」
「そうはいかない」
「あっ……」
倒れた状態から、暗殺者は再びナイフを振るおうとした。
しかし、それは叶わない。男性が腕を振るったことによって、その手からナイフが離れたのだ。
ただ、それもおかしいことではあった。彼は暗殺者に触れていない。確かにナイフを持った手の方に腕を振るっていたが、接触はしていないのである。
「悪いが、もう少し痛めつけさせてもらう。抵抗しないというなら話は別ではあるが……」
「くっ……」
「当然、そういう訳にはいかないか」
得物を失い、マウントを取られている状態でも、暗殺者は諦めようとはしなかった。
それは当然のことだろう。彼らにとって、任務の失敗は死を意味するのだから。
故に男性は、再び届かぬ拳を振るった。それはやはり当たっていないのに、辺りには鈍い音が響き渡っている。
「ぐああっ……」
やがて暗殺者の動きは、止まっていった。
いくら丈夫であっても、あの状態でタコ殴りにされたら一たまりもないだろう。意識を失ったのかはわからないが、限界が来たようだ。
「さて……」
「あっ……」
それを見届けてから、男性はこちらに視線を向けてきた。
その目は先程までと比べると、とても優しい。どちらかというと、それが彼の本来の表情なのだろう。
「大丈夫か?」
「あ、はい。お陰様で……助けていただき、ありがとうございました」
「いや、気にすることはない。困っている時はお互い様だ」
歩み寄って来た男性は、こちらに手を差し出してくれた。
私はその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。なんというか、体はとても重い。私の方も、かなり気を張っていたようだ。
「お強いのですね。驚きました」
「いや、君のお陰でもある。あの状況で普通に戦っていれば、俺も恐らく危なかっただろう」
「そうでしょうか? 奇妙な術も使えたようですし、なんとかなったのではありませんか?」
「あれは単に、武術の類だ。そこまで便利なものでもない」
男性の言葉は、謙遜であるように思えた。
正面からぶつかっても、恐らく彼は打ち勝っていただろう。あの奇妙な武術のことを、暗殺者は知らなかった。その時点彼には、手数が一つあったといえる。
「それよりも事情を聞かせてはくれないか? 君は一体、どうしてこんな奴らに追われている? よく見てみれば、身なりも良いようだが……」
「ああ、そうですね。それを先に説明しないと……」
私の服を見て、男性は目を丸めていた。
ここに逃げて来るまでにかなり傷んでいるが、それでもこれが高級なものであるということはわかったのだろう。
「私は、エリーゼと言います。レフェルトン伯爵家の……まあ、妾の子ですね」
「……何?」
私の言葉を聞いて、男性はまたその目を丸めた。
ただそれは、先程までよりも大きく目を見開いており、なんというか単に私が貴族であることに驚いているという感じではなかった。
もしかして、彼はレフェルトン伯爵家と関わりがあるのだろうか。私は自分がここに来た理由も思い出しながら、息を呑んだ。
「そうはいかない」
「あっ……」
倒れた状態から、暗殺者は再びナイフを振るおうとした。
しかし、それは叶わない。男性が腕を振るったことによって、その手からナイフが離れたのだ。
ただ、それもおかしいことではあった。彼は暗殺者に触れていない。確かにナイフを持った手の方に腕を振るっていたが、接触はしていないのである。
「悪いが、もう少し痛めつけさせてもらう。抵抗しないというなら話は別ではあるが……」
「くっ……」
「当然、そういう訳にはいかないか」
得物を失い、マウントを取られている状態でも、暗殺者は諦めようとはしなかった。
それは当然のことだろう。彼らにとって、任務の失敗は死を意味するのだから。
故に男性は、再び届かぬ拳を振るった。それはやはり当たっていないのに、辺りには鈍い音が響き渡っている。
「ぐああっ……」
やがて暗殺者の動きは、止まっていった。
いくら丈夫であっても、あの状態でタコ殴りにされたら一たまりもないだろう。意識を失ったのかはわからないが、限界が来たようだ。
「さて……」
「あっ……」
それを見届けてから、男性はこちらに視線を向けてきた。
その目は先程までと比べると、とても優しい。どちらかというと、それが彼の本来の表情なのだろう。
「大丈夫か?」
「あ、はい。お陰様で……助けていただき、ありがとうございました」
「いや、気にすることはない。困っている時はお互い様だ」
歩み寄って来た男性は、こちらに手を差し出してくれた。
私はその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。なんというか、体はとても重い。私の方も、かなり気を張っていたようだ。
「お強いのですね。驚きました」
「いや、君のお陰でもある。あの状況で普通に戦っていれば、俺も恐らく危なかっただろう」
「そうでしょうか? 奇妙な術も使えたようですし、なんとかなったのではありませんか?」
「あれは単に、武術の類だ。そこまで便利なものでもない」
男性の言葉は、謙遜であるように思えた。
正面からぶつかっても、恐らく彼は打ち勝っていただろう。あの奇妙な武術のことを、暗殺者は知らなかった。その時点彼には、手数が一つあったといえる。
「それよりも事情を聞かせてはくれないか? 君は一体、どうしてこんな奴らに追われている? よく見てみれば、身なりも良いようだが……」
「ああ、そうですね。それを先に説明しないと……」
私の服を見て、男性は目を丸めていた。
ここに逃げて来るまでにかなり傷んでいるが、それでもこれが高級なものであるということはわかったのだろう。
「私は、エリーゼと言います。レフェルトン伯爵家の……まあ、妾の子ですね」
「……何?」
私の言葉を聞いて、男性はまたその目を丸めた。
ただそれは、先程までよりも大きく目を見開いており、なんというか単に私が貴族であることに驚いているという感じではなかった。
もしかして、彼はレフェルトン伯爵家と関わりがあるのだろうか。私は自分がここに来た理由も思い出しながら、息を呑んだ。
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