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13.私の事情

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「……ラナリアさん、一つ聞いてもよろしいですか?」
「え? はい、なんですか?」
「どうして、あなたはこちらに?」

 ソルネアに関する話が一段落してから、ヴィクトールはそのようなことを聞いてきた。
 どうやら彼は、私の事情が気になっているようだ。
 それは当然のことであるといえるだろう。事情があって伯爵家で働いている公爵家の令嬢、それが気にならないはずはない。

「話せないというなら、無理強いはしませんからご安心を」
「……話せないということはありませんよ。そうですね。ヴィクトール様にはお世話になっている訳ですし、お話しておいた方がいいかもしれませんね」
「い、いいんですか……」
「ええ、構いませんよ。ヴィクトール様なら、話してもいいと思っています」

 私の言葉に、ヴィクトールは驚いたような顔をしていた。
 私が了承すると思っていなかったのだろうか。彼の表情は、そんな感じだ。
 もちろん、私としても進んで話したいという訳ではない。単純にヴィクトールなら信頼できると思って、話そうと思っただけである。

「まあ、察しているかもしれませんが、私には問題あるんです」
「問題、ですか?」
「ええ、素行不良とでもいうのでしょうかね? 私には少々危険があるのです」
「そ、そうは見えませんが……」
「ふふ、そう見えますか……」

 私が説明を始めると、ヴィクトールは信じられないというような顔をした。
 そう思ってもらえているのは、嬉しい限りである。しかしながら悲しいことに、私という人間の本性は、彼が思っているようなものではない。

「でも、私の中には鬼が住んでいるんです。狂暴な鬼が、私の心の中にはいる……」
「鬼?」
「ええ、その鬼が目覚めたら、周囲のことなんてわからなくなる。私には、狂暴な一面があるのです……二重人格、というのが一番わかりやすいでしょうか?」
「な、なんですって……?」

 私が出した言葉に、ヴィクトールは大きく反応した。
 それは、彼もその言葉は聞いたことがあったからなのだろう。
 しかし彼も実際にそのような人と会うのは初めてなのかもしれない。その驚いたように私を改めて見る様からは、それが伝わってくる。

「私は、かつてとある事件に巻き込まれました。私の中にもう一人の人格が目覚めたのはその時です。その事件くらいは、聞いたことがあるのではありませんか?」
「もちろん、知っていますよ。誘拐事件のことですよね?」
「ええ、幼い頃、私は弟ともに誘拐されました。その事件をきっかけに、私の中に狂暴な鬼が生まれたのです」
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