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1.舞踏会にて
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エンバラス伯爵家の婚約者として相応しい相手を探してこい。舞踏会に私を送り出す父は、そのように言ってきた。
それは、難しい要求であった。私は父が望んでいる婚約者にどんな人物が該当するか、わからないからだ。
ただ横暴な父が、無理難題を言ってくるのはいつものことである。故に私は、適当な人を見つけて父に報告するつもりだ。
「アナティア嬢、どうかしましたか? きょろきょろと周囲を見て……」
「あなたは確か……ラドウィル侯爵家のレグファー様ですか?」
「覚えていてもらって光栄です」
そんな私に声をかけてきたのは、侯爵令息のレグファー様だった。
彼とは何度かこういった場で会ったことがある。ただ、正直あまりいい印象は抱いていない。
「お一人なんて珍しいですね。いつもは、どなたかと一緒なのに……」
「生憎今日は上手くいかなかったのです。ダンスの相手が見つからないなんて、正直少し屈辱的ですね……」
「自信がおありなのですね……」
レグファー様という人物の名前は、社交界でもそれなりに有名だ。
彼は、浮き名を流している。こういう場で女性を口説き、関係を持っているのだろう。
そういう噂が流れていることもあってか、今日の彼はフラれてしまっているらしい。それで、まだ声をかけたことがない私の所に来たのだろうか。
「アナティア嬢、一曲いかがですか?」
「……残念ながら、先客がいるのです」
「おや……」
レグファー様からの誘いを断るために、私は適当なことを言った。
彼と踊るのはやめておいた方がいいだろう。その悪評が、こちらにまで及んでくるかもしれないからだ。
「なるほど……先客とは一体どなたですか?」
「……それをあなたに話す必要はないでしょう?」
「いいえ、もしもあなたが嘘をついているなら、僕はひどく傷ついてしまいます。だから、あなたの言葉が真実であることを証明していただきたいのです」
忌々しいことに、レグファー様は引き下がらなかった。
こういう時には、気を遣って去っていくのが紳士というものではないだろうか。わかっていたことではあるが、彼は噂通りの軟派な男性であるようだ。
しかしながら、この状況には少し困ってしまう。実際に私は嘘を言っている訳だし、どう誤魔化せばいいのだろうか。
「……アナティア嬢、お待たせしてしまって申し訳ありません」
「え?」
そんな私に、一人の男性が声をかけてきた。
一瞬私は驚いてしまったが、すぐに悟る。彼に話を合わせた方がいいということを。
「レグファー様、こちらの方が私のお相手です」
「ほう?」
「……レグファー侯爵令息、申し訳ありませんね。しかしこういったことは、順番というものでしょう? どうかここはお引き取りください」
「……仕方ないか」
男性の言葉に、レグファー様はゆっくりと踵を返して私達の前から去って行った。
そのことに、私は安堵する。しかし、目の前にいる彼は何者だろうか。まあ何者であろうとも、感謝しているが。
それは、難しい要求であった。私は父が望んでいる婚約者にどんな人物が該当するか、わからないからだ。
ただ横暴な父が、無理難題を言ってくるのはいつものことである。故に私は、適当な人を見つけて父に報告するつもりだ。
「アナティア嬢、どうかしましたか? きょろきょろと周囲を見て……」
「あなたは確か……ラドウィル侯爵家のレグファー様ですか?」
「覚えていてもらって光栄です」
そんな私に声をかけてきたのは、侯爵令息のレグファー様だった。
彼とは何度かこういった場で会ったことがある。ただ、正直あまりいい印象は抱いていない。
「お一人なんて珍しいですね。いつもは、どなたかと一緒なのに……」
「生憎今日は上手くいかなかったのです。ダンスの相手が見つからないなんて、正直少し屈辱的ですね……」
「自信がおありなのですね……」
レグファー様という人物の名前は、社交界でもそれなりに有名だ。
彼は、浮き名を流している。こういう場で女性を口説き、関係を持っているのだろう。
そういう噂が流れていることもあってか、今日の彼はフラれてしまっているらしい。それで、まだ声をかけたことがない私の所に来たのだろうか。
「アナティア嬢、一曲いかがですか?」
「……残念ながら、先客がいるのです」
「おや……」
レグファー様からの誘いを断るために、私は適当なことを言った。
彼と踊るのはやめておいた方がいいだろう。その悪評が、こちらにまで及んでくるかもしれないからだ。
「なるほど……先客とは一体どなたですか?」
「……それをあなたに話す必要はないでしょう?」
「いいえ、もしもあなたが嘘をついているなら、僕はひどく傷ついてしまいます。だから、あなたの言葉が真実であることを証明していただきたいのです」
忌々しいことに、レグファー様は引き下がらなかった。
こういう時には、気を遣って去っていくのが紳士というものではないだろうか。わかっていたことではあるが、彼は噂通りの軟派な男性であるようだ。
しかしながら、この状況には少し困ってしまう。実際に私は嘘を言っている訳だし、どう誤魔化せばいいのだろうか。
「……アナティア嬢、お待たせしてしまって申し訳ありません」
「え?」
そんな私に、一人の男性が声をかけてきた。
一瞬私は驚いてしまったが、すぐに悟る。彼に話を合わせた方がいいということを。
「レグファー様、こちらの方が私のお相手です」
「ほう?」
「……レグファー侯爵令息、申し訳ありませんね。しかしこういったことは、順番というものでしょう? どうかここはお引き取りください」
「……仕方ないか」
男性の言葉に、レグファー様はゆっくりと踵を返して私達の前から去って行った。
そのことに、私は安堵する。しかし、目の前にいる彼は何者だろうか。まあ何者であろうとも、感謝しているが。
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