上 下
8 / 20

8.煽りに乗って

しおりを挟む
「ふはははっ!」
「な、何がおかしい?」
「……これが笑わずにいられるか」

 大声を出して笑うシェリダン様に、ロンベルト様は明らかに怯んでいた。
 先程までの威勢の良さというものが消えている。予想外の反応に、まだ理解が追いついていないということだろうか。

「随分と大それた真似をする奴だと思っていたが、お前は飛んだ小物だな」
「こ、小物だと?」
「自分が切り捨てた女性に親しい男がいたことに、かなり動揺していたように見える。器の小さい男だ。自分の方は浮気していたというのに」
「ぼ、僕を侮辱するのか?」
「図星だったか。益々滑稽な男だ。お前のような者など、早々いはしないだろうな。珍しいものが見えた。一応、感謝しておくとしよう」

 シェリダン様は、少し仰々しく言葉を発していた。
 それは恐らく、ロンベルト様を煽るための措置であるだろう。彼はかなり怒っている。それはとてもまずい傾向だ。
 こういった口論の際に、冷静さを欠いてはいけない。そんなことをしたら相手の思う壺だからだ。ロンベルト様は、まんまとシェリダン様の策に嵌っているといえる。

「さてと、そろそろ通してもらえるか。俺も暇という訳ではない。お前との無駄話に付き合っている暇はないのだ」
「ふざけるな! 僕を侮辱して、ただで帰れると思っているのか?」
「ならばどうするという?」
「こうするんだ!」
「むっ……」

 そこでロンベルト様は、シェリダン様に殴り掛かった。
 その拳は、頬に当たってシェリダン様はのけぞった。かなり上手く、拳が当たったように見える。
 しかしそれは、なんとも下賤な行為だ。言葉で勝てなかったから手を出した。ロンベルト様は、貴族としていや人間として、凡そ最低といえる。

「思い知ったか! 僕を侮辱するからこうなるんだ!」
「ロンベルト様、見事です!」

 そんなロンベルト様に賞賛の言葉に口にするイネリアも、最低の部類であった。
 まさかこの二人が、ここまで最低な人達だとは思っていなかった故、私は少し動揺していた。
 だが、すぐに状況を思い出す。シェリダン様は、大丈夫だろうか。拳が上手く当たったようだし、かなり心配である。

「ふっ……」
「……うん?」
「いい気になっているようだな。まったく持って、愚かなことだが……しかし、俺にとっては好都合ともいえる」
「な、何?」

 シェリダン様は、ゆっくりとその体勢を整えていた。
 その姿に、ロンベルト様は驚いている。それに関しては、私も同じだ。シェリダン様からは、まったく持って殴られたことによる影響が生じていないように見える。

 やせ我慢ということだろうか。しかしあれだけ派手に殴られて、そんな平然としていられるとは思えないような気がする。
 そこまで考えて、私は違和感に気付いた。彼がいくらなんでも、見事に殴られ過ぎていたということに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

結婚の約束を信じて待っていたのに、帰ってきた幼馴染は私ではなく義妹を選びました。

田太 優
恋愛
将来を約束した幼馴染と離れ離れになったけど、私はずっと信じていた。 やがて幼馴染が帰ってきて、信じられない姿を見た。 幼馴染に抱きつく義妹。 幼馴染は私ではなく義妹と結婚すると告げた。 信じて待っていた私は裏切られた。

殿下が望まれた婚約破棄を受け入れたというのに、どうしてそのように驚かれるのですか?

Mayoi
恋愛
公爵令嬢フィオナは婚約者のダレイオス王子から手紙で呼び出された。 指定された場所で待っていたのは交友のあるノーマンだった。 どうして二人が同じタイミングで同じ場所に呼び出されたのか、すぐに明らかになった。 「こんなところで密会していたとはな!」 ダレイオス王子の登場により断罪が始まった。 しかし、穴だらけの追及はノーマンの反論を許し、逆に追い詰められたのはダレイオス王子のほうだった。

殿下に裏切られたことを感謝しています。だから妹と一緒に幸せになってください。なれるのであれば。

田太 優
恋愛
王子の誕生日パーティーは私を婚約者として正式に発表する場のはずだった。 しかし、事もあろうか王子は妹の嘘を信じて冤罪で私を断罪したのだ。 追い出された私は王家との関係を優先した親からも追い出される。 でも…面倒なことから解放され、私はやっと自分らしく生きられるようになった。

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

婚約者の姉から誰も守ってくれないなら、自分の身は自分で守るまでですが……

もるだ
恋愛
婚約者の姉から酷い暴言暴力を受けたのに「大目に見てやってよ」と笑って流されたので、自分の身は自分で守ることにします。公爵家の名に傷がついても知りません。

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...